「いい気になんて、なってないよ」
「そう?」
 ルミは鼻でフンと笑った。
「どうせ、うちらのことを見下してるんでしょ? 底辺にいる人間だって。二度と這い上がれないだろうって、バカにしてるんでしょ?」
「そんなこと、思ってないよっ」
「どうだか」

 ヒロはレイナと目を合わせようとしない。
「オレだって、あの子を育てたいって思ってるよ。でも、カネがないからしょーがないんだよ。どんなに働いても、手元に残らないんだからさ、しょうがないんだよ」
 ボソボソと言う。
「お酒を買わなきゃいいだけじゃない。アミはヒロさんと一緒に暮らしたいのに」
 ヒロはシュンとなる。
「ちょっと」
 ルミがレイナの前に立ちはだかった。
「正論を言えばいいってもんじゃないよ。何も分かってない小娘のくせに、人の心をえぐるんじゃないよ」
 ルミが低い声で言い放つ。その異様な雰囲気に、レイナは気圧された。

「おい、どうした」
 レイナが戻って来ないので、ジンが心配して様子を見に来た。
 ルミとヒロの姿を見ると、「こいつらには関わりあいにならんほうがいいぞ」とレイナを諭す。
「ああら、ここにもレイナを守ってくれる王子様がいた。いいわねえ、あんたは、いろーんな人に守ってもらえて。でも、そんなの、あんたが若いうちだけだよ。そのうち、みんな、あんたから離れていくから。誰も見向きもしなくなるから」

「うぜえな、お前が誰にも構ってもらえなくなったのは、お前が性悪だからだろ? ここでもみんなに相手にしてもらえないから、お金で人を釣るしかないくせに。この親父とも、カネをくれるからヤってるだけだろ? カネでしか人とつながれないからって、レイナに嫉妬すんじゃねえよ」
 ルミの顔はみるみる赤くなり、そばに転がっていた酒瓶をジンに投げつける。ジンはひょいと交わすと、レイナに「行くぞ。ここは空気が悪すぎる」と促した。

 小屋を出ると、アミが走って来た。最後に、ヒロに会いに来たのだろう。
 ヒロはドアを閉めるために戸口のところにいたが、アミの姿を見て、顔をゆがめた。
「おー、おー!」
 アミが駆け寄ろうとしたが、ヒロは黙ってドアを閉めた。
「あー?」
 アミは驚いて足を止める。

「ヒロさん、今日は具合が悪いみたい。また別の日に来よ」
 レイナがフォローすると、アミは「あー、あー」とドアを指差す。
「大丈夫、いつでも会いに来られるから」
「そろそろ行かねえと。トムの出発の時間があるんだろ?」
「そうだね。これから、トムを一緒に見送りに行かなくちゃ。ね?」
「あー……」
 アミは目にいっぱいの涙を浮かべている。
 レイナはアミの手を握り、小屋を後にした。
 気のせいか、背後から男性の泣き声が聞こえたような気がした。

     
 マサじいさんとジンと数人の住人が、搬入口のところまで見送りに来てくれた。
 マサじいさんは、レイナにも「もうここには来るんじゃないよ」と言い聞かせたが、「ううん、また来ると思う」とカラッと答えた。
 トムは車の窓から身を乗り出して、「まったねー、元気でねえ!」と何度も叫ぶ。
「あの子たちは、分かってないな」
 マサじいさんは呆れたようにつぶやく。
「今はね。でも、きっと、分かる日が来る」
 ジンは寂しそうに手を振った。
      

「待ってたよ、オレの息子」 
 スティーブはトムを大げさにハグした。
 空港の建物のガラス越しに、スティーブが乗って来たプライベートジェットの機体が見える。
「必ず、大切に育てるから。ダンスを教えるだけじゃない。学校にも通わせる」
 スティーブの言葉に、「よろしくお願いします」と裕は笑里と共に頭を下げた。

「トム、元気でね」
 レイナとトムとアミは、三人で抱き合った。
「また会えるよね、レイナ」
「もちろん。いつでも会えるよ」
「あー」

「ホント言うとね、あの三人を離すのは、残酷なように感じるの」
 笑里は裕に小声で言った。
「ああ。でも、離れていても絆はしっかり結ばれてるんじゃないかな。ずっと一緒に暮らして来たんだ、あの場所で」

 トムは手を振りながら、搭乗口に消えていった。
 レイナとアミも、姿が見えなくなるまで大きく手を振り続けた。 
 涙はない。
 きっと、また会えると信じているから。