「どうして、この子には、こんなにツラいことばかり起きるのかしら」
 笑里は後部座席で眠りこけているレイナを見ながら、つぶやいた。
 レイナにもたれかかって、トムとアミも眠っている。
 トムとアミも家に泊めることになり、森口は急遽ワゴンカーを手配してくれたのだ。

「でも、この子は困難に立ち向かうたびに、美しい歌声になっていく。奇跡だよ」
 裕はひとり言のように言った。
「今日のレイナちゃんの歌声を聞いていたら、私、涙が止まらなくなっちゃって……切ないというか。何なんでしょうね、あの美しい声は。テレビの司会者も泣いていましたよ」
 森口が運転しながら話しかける。
「そういう運命なのね、きっと。ツラいことを乗り越えるたびに、歌声が磨かれていく。音楽の神様からそういう試練を与えられてるんだわ」
 笑里はハンカチで涙を拭いた。
「それでも、もうこれ以上、この子にはツラい思いはしてほしくない。もう十分だもの」
     

 翌朝、レイナはベッドの上で目を覚ました。
 起き上がると、隣にはアミとトムが寝ている。
 寝起きの頭で何があったのかを思い出すまで、しばらく時間がかかった。

 ――ああ、そっか。昨日、ライブに出たんだっけ。久しぶりに二人に会って、それで、ママから電話がかかって来たんだ。

 二人を起こさないようにベッドを抜け出し、カーテンを少しだけ開ける。
 今日もまぶしいぐらいにいい天気だ。

 ――ママも、この空をどこかで見てる。きっと、いつか迎えに来てくれる。

 机の上には、小さなガラスの箱に入ったバレッタ。
 昨夜、笑里がバレッタを入れるのにちょうどいい箱を探してくれたのだ。
 レイナは着替えて部屋を出ると、リビングに寄らずにそのまま地下のレッスン室に降りた。

 レッスン室の隅には、タクマのピアノ。
 昨日、笑里がゴミ捨て場にトムとアミを迎えに行くときに、業者も連れて行ってトラックで運んで来たのだ。
 コンサートが終わったら、サプライズでレイナにプレゼントするつもりだったらしい。

「おはよ、お兄ちゃん」
 レイナは椅子に座り、蓋に頭をのせた。
「これから、ずっと一緒だよ」

       
 朝食の後、トムとアミをゴミ捨て場に送って行くことになった。
「あのね、みんなに話があるの」
 笑里が三人に向かって言った。
「アミちゃんも、一緒にここで暮らさない?」
 レイナとアミは顔を見合わせた。
「ゴミ捨て場で、子供はアミちゃん一人だけになっちゃうんでしょ? それだと寂しいと思うのね。だから、レイナと一緒に、ここで暮らしたほうがいいんじゃないかなって」
「いいの? ホントにいいの?」
 レイナは笑里と裕の顔を何度も見る。
「ああ。二人で話し合って決めたんだ」
 裕はゆったりと微笑む。
「うちにはまだ部屋が余ってるからね。芳野さんも森口さんも、アミちゃんのことは大歓迎だって」

「アミ、一緒に住めるよっ。一緒にいられるよ!」
 レイナが叫ぶように言うと、アミも「あー!」と顔を紅潮させた。
 二人で抱き合う。
「それじゃ、オレが心配することは何もないってことだな。これで、安心してニューヨークに行けるよ」
 トムは大人びた口調で言う。
「ああ。後は、私たちに任せてくれ」
 裕はトムの頭をなでた。