レイナが落ち着くのを待ち、裕はピアノを弾きはじめた。
 タクマがつくった、『小さな勇気の唄』。
 レイナは正面を向いた。

 ――歌って、レイナ。タクマ君に届くように。
 
 ミハルの声が蘇る。
 レイナは大きく息を吸い込み、歌いだす。

♪君に一つの花をあげよう
それは勇気という名の花で
君の胸の奥で
決して枯れることなく
咲き続けていくだろう♪

 ふいに、レイナの目の前に花びらが舞い降りたような気がした。
 桜の花びら。
 春に、河原に咲いている桜の木の下で、タクマと二人でよくお花見をした。
 風に舞い散る花びらをつかまえようとしたり、水面に流れていく花びらを、飽きもしないでずっと眺めていた。
 二人でいるだけで、心が満たされた、あの日々。
 レイナの髪や服に花びらが降りかかり、タクマは照れくさそうに言った。
「レイナ、桜の妖精みたいだね」

 ――ああ、そうだ。お兄ちゃんはずっと、そばにいる。私のそばにいてくれる。歌っていると、感じる。お兄ちゃんの気配を。

 レイナは空を見上げる。
 空の端では燃えるような夕焼けが広がり、青空は群青色に染まりかけている。星も瞬きはじめた。
 こんな空の色を、二人で数えきれないぐらいに見た。

 ――消えない。お兄ちゃんとの思い出は、絶対に消えない。私の心の中に、お兄ちゃんはずっといてくれる。永遠にいてくれる。

 裕がピアノを静かに弾き終わり、会場は一瞬、静寂に包まれる。
 それから、地面が揺れるぐらいの大歓声が起きる。拍手と、「レイナ―」「最高―!」と褒め称える声。
 スティーブは震える声で、「レイナ、君は、なんて素晴らしいんだ!」と胸に手を当てた。
「こんなに胸を打つ歌を、初めて聞いたよ」
 裕もレイナに拍手を送っている。

 ――そうだ。ステージで歌えば、いつでもお兄ちゃんに歌が届く。
  レイナはスティーブと握手を交わした。
 ――私は、一人じゃない。

 袖に入ると、涙で顔がグチャグチャになっている笑里とトムとアミがレイナに次々と抱きついた。
 アンソニーも泣きながら、みんなの背後から抱きつく。
「すごい人気だな」
 そういう裕の目にも涙が光っている。
「もう、あなたって子は、なんて子なのっ」
 アンソニーがレイナの顔を両手で挟む。
「あなたは、タクマ君から大事な花をもらったのね。ずっとずっと、咲き続ける花を」