そのとき、「レイナ!」と聞き慣れた声がした。見ると、トムとアミがステージの下に立っている。
 レイナは歓声を上げた。笑里が二人を連れてきたのだ。
 トムはまわりのスタッフが止める間もなく、ひらりとステージに飛び乗った。
「トム!」
 レイナが駆け寄って、二人は抱き合った。
 アミはステージに登ろうとしても登れず、笑里が抱え上げる。アミは既に泣き顔だ。
「アミぃ」
 レイナはアミを抱きしめた。

 二人とも、笑里が用意した服を着て、とてもゴミ捨て場の住人には見えない。家に連れて行って、お風呂にも入れたのだろう。
「二人とも、元気だった?」
「なんで帰って来てくれないんだよお。オレとアミは、ずっと待ってたんだよ?」
 トムも涙を浮かべている。
「ごめん。ごめんね」
「オレたち、レイナに捨てられたんじゃないかって」
「そんなことない。そんなことないよ。不安にさせて、ごめんね」
 レイナは二人をさらに強く抱きしめた。
 不思議そうにしているスティーブに向かって、裕は事情を説明した。
 スティーブは大きく何度もうなずくと、「それなら、最前列で見ればいい。二人の席を用意するよ」と言ってくれた。

 二人に話したいことは山ほどあるが、リハーサルをしなければならない。
 笑里が「こっちに来て。積もる話は後でね」と二人を引き受けた。
「さあ、リハーサルを始めよう。曲は分かるね?」
 レイナは大きくうなずいた。

 そのとき、ヒカリの通訳がスティーブに何か話しかけた。スティーブは途中で話を遮り、一喝する。
「あの、嫌なら帰ってくれって言われたんですけど」
 通訳が恐る恐るヒカリに伝えると、ヒカリは眉を吊り上げ、踵を返した。
 マネージャーがあわてて後を追う。
「テレビ的にはヒカリさんが出ると視聴率を稼げるんじゃないかって、局側が強引にゲストってことにしたらしいんですけど、スティーブは相当嫌がってるらしいんですよ。ヒカリさんの事務所がかなりお金を払ったって話、聞いてます」
 袖にいたスタッフが、裕にこっそり教えてくれた。

 スティーブとレイナの息はピッタリと合った。
 スティーブはレイナに「もっと、もっと」とゼスチャーで促したので、レイナはゴミ捨て場で歌っていたときのように全身で歌った。
 スティーブは一瞬驚いた表情をしてから、すぐに自分も声を張り上げる。
 気がつくと、トムがステージの端でダンスを踊っている。自己流のデタラメなダンスだ。
 近くにいたスタッフが止めようとすると、スティーブは手で制した。
 歌い終わると、スティーブはレイナに拍手を送った。
「素晴らしい歌声だ。やっぱり、君にオファーしてよかった。こんなに美しくて、パワフルな歌声は、初めてだ」
 スティーブは興奮した様子で話している。裕が通訳してくれた。
「それと、そこの少年。君のダンスもいいね。レイナが歌っているときに、一緒に踊ってみないか?」
 スティーブに英語で話しかけられて、トムはきょとんとしている。
 トムは、見かけは黒人だが、ずっとゴミ捨て場で育ったので英語を話せない。
 裕が通訳すると、「えっ、ホントに? 踊っていいの? やったあ」と飛び跳ねた。


 リハーサルが終わってみんなで楽屋に行くと、「お久しぶりぃ」とアンソニーが待っていた。
 レイナは歓声を上げて、アンソニーに抱きついた。
「あらあら、こんなに歓迎してもらえるなんて思わなかったわ」
 アンソニーは嬉しそうにレイナを抱きしめる。
「西園寺先生に呼ばれて来たのよ」
 それから裕を見て、「私も今日来て、初めて知ったんだけど……ヒカリが来てるのね」と言った。
「私は、あのライブの日以来、ヒカリには干されちゃって。レイナちゃんに肩入れしたのが気に喰わなかったみたいね」
 アンソニーは肩をすくめてみせる。
「そうなのか。それは大変だったね」
「まあ、他に仕事はいくらでもあるし。レイナちゃんがデビューしたら、専属でやらせてもらえるかもしれないし。なあんてね」
「もちろん、そのときはよろしく頼むよ」

 レイナはトムとアミと一緒にお菓子を食べながら、既に話し込んでいる。
「他のみんなは? マサじいさんとジンさんは? 今日は来なかったの?」
「うん。レイナに会いたがってたけど、大人がボロボロのカッコをして行ったら、レイナに迷惑がかかるだろうって。子供だけで行けって言われた」
 トムがクッキーを頬張りながら言う。
「そんなこと、気にしないのに」
「レイナが気にしなくても、評判ってものがあるんだってさ。オレもよく分かんないんだけど」
 アミはレイナにべったりと身を寄せ、「あーあー」と言う。

「アミは、レイナがいなくなってから、毎日泣いてるんだよ。レイナの小屋に行って寝てることもあるし」
 レイナはアミを抱き寄せた。
「寂しい思いをさせて、ホントごめんね」
「ホントだよ。レイナは、オレらを嫌いになったのかと思った」
「そんなわけないでしょ!」
「そういえば、レイナ、すっげえ家に住んでるんだな。先生の家に行って、お風呂に入れてもらったんだよ」
「あー」
「うん、二人ともキレイになって、別人みたい」
 3人がわきあいあいと話している姿を見て、笑里と裕は顔を見合わせた。

「でもさ、レイナ、変わったよね。キレイになったって言うか」
「何言ってんの」
 レイナはトムの頭を小突いた。
「ホントだよ。たぶん、毎日お風呂に入って、いい服着てるからだろうけど。なんかさ、別の世界の人になっちゃったって言うか」
「そう? 何も変わらないけど」
 レイナは二人にオレンジジュースを注いであげた。