帰りの車の中で、笑里はずっと泣きっぱなしだった。
「そんなに怖いところだったんですか?」
 森口が心配して尋ねる。
「違うの。違うのよ。純粋な人ばかりで……私、歌を歌う楽しみを、久しぶりに思い出したの」
 笑里は泣き声で言った。

「いつも、高いチケットを買って来てくれるお金持ちの前で歌ってたけど……あの人たちが、本当にオペラのよさが分かってるかどうか、怪しいし。目の前で眠ってる人もいるし。でも、今日の人たちはみんな、目を輝かせながら聞いてくれてた。泣いている人もいて……」
 そこまで語ると、その光景を再び思い出して、笑里は声を詰まらせた。
「ああ、音楽は国境を超えるって聞いたことがありますけど、いい音楽は老若男女も貧富も人種も関係なく、すべての壁を超えるんでしょうね」
 森口の言葉に、「その通りだ。さすが、森口さんはいいことを言う」と裕は同意した。森口は、「それほどでも」と照れた。

「あの子は、みんなから愛されていたのね」
 笑里は鼻をかんでから言った。
「ああ。あそこの人たちは、レイナを大切に育ててくれたんだ」
「レイナが子守歌を歌ってくれたって、トム君とアミちゃんが話してた。みんなが家族みたいなものなのね、きっと」
「ああ」
「私、ゴミ捨て場なんて場所からレイナが抜け出すのは当然だって思ってたけど……あの人たちと離れて暮らすのは、レイナにとって本当にいいことなのかしら」
 裕はそれには何も答えられなかった。
「家に帰るまでに泣き止まないと。レイナが心配するぞ?」
「そうね」
 笑里は「森口さん、何か明るくなる曲をかけてくれない?」とリクエストした。

 帰ってからレイナにニンジンを渡すと、「マサじいさんのニンジン!? やったー!」と大喜びした。
「まああ、こんなにたくさんのニンジン。ポタージュでも作りましょうか?」
 芳野が言うと、「ポタージュ?」とレイナは首を傾げた。
「軟らかく煮たニンジンに牛乳を入れたスープのことね。おいしいわよ。作っているところ、見てみる?」
「うん、見たい、見たい!」
 レイナは芳野と一緒にキッチンに行った。

「ねえ、私、ゴミ捨て場の人のために、何かしてあげたい」
 笑里が言うと、「ああ。私もずっとそれを考えていたところなんだ」と裕は答えた。