ゴミ捨て場のレイナ

 その日も裕が迎えに来てくれることになっている。
 レイナはミハルとアミと一緒に、ゴミ捨て場の入り口で車を待っていた。
 ミハルもライブに招待したのだが、「私が行く場所ではないから」とキッパリと断られたのだ。
「ママに見てもらいたいのに」
 レイナがふくれていると、「ラジオで中継されるんでしょ? 小屋でずっと聞いてるわよ」とミハルはなだめた。
「聞いてるだけじゃヤだ。見てくれないと」
「分かってる。でも、マサじいさんの腰の調子がまた悪いから、誰かが面倒見なきゃいけないでしょ?」

 ――そんなの、ジンおじさんに頼めばいいじゃない。

 そう思うのだが、ミハルの言っていることは口実だと薄々気づいていたので、それ以上、何も言えなかった。

「今日は見られなくても、いつか必ず、レイナのステージを観に行くから。ね?」
 ミハルはレイナを後ろから抱きしめた。
「レイナなら、一人でも大丈夫。世界中に歌声を聞かせてあげて」
「おおげさだよ。世界中には届かないでしょ?」
 ミハルの顔を見ると、目に涙がうっすらと浮かんでいる。
「どうしたの? 私、今日も帰って来るよ?」
「分かってる。ただ、こんなに大きくなったんだなあって思ったら、なんか涙が出てきちゃって」

 そのとき、裕の車が滑りこんできた。
「おはようございます」
 裕が笑顔で車から出てくる。
「今日はよろしくお願いします」
 ミハルが頭を下げると、「いえ、こちらこそ。今日は一日、レイナさんをお借りします」と裕も会釈した。
「本当に、一緒に行かなくていいんですか?」
 レイナが車に乗り込んでから、裕はミハルに尋ねた。
「ええ。私がいなくても、あの子は大丈夫ですから」
 ミハルは力強く言った。裕は深々と頭を下げてから、車に乗り込んだ。

 車が走り出してから、レイナはミハルとアミが見えなくなるまで手を振った。
「今は、どんな気分かな?」
 裕に聞かれて、「最高の気分! ドキドキしてる」とレイナは弾んだ声で答えた。


「ねえ、今日はあの子が来るんだって? ゴミ捨て場に住んでる子」
 ヒカリはスマホから目を離さないまま、「みたいね」と短く答えた。
「西園寺先生が、ずいぶんゴリ押ししてきたって聞いたけど」
 背中の真ん中まで伸びているヒカリの髪を丁寧に梳きながら、ヘアメイクアーティストのアンソニーは鏡越しにヒカリの表情を見る。
 ヒカリは、「その話はしたくないんだけど」と冷たく言い放つ。
「ごめん、ごめん。みんながあれこれ噂してるから、気になっちゃって」
「私は何も気にならないけど」
 ヒカリは顔を上げて、「でも、西園寺先生が来たら、またレッスンしろってうるさく言いそうだから、そっちのほうがユウウツ」とため息をついた。

「新曲も売れてるけど。そろそろ他の先生にお願いしたいんだよね」
「あら、ずいぶん薄情じゃない? デビューのときから、ずっとお世話になってるのに」
「そうだけど。レッスンをちょっとサボっただけで怒るんだもん」
「それだけ、ヒカリのことを大事に思ってるってことじゃない」
「それは分かるけど。もうそんなにレッスンなんてしなくても、大丈夫なのに」
 ヒカリは口をとがらせた。

 そのとき、「ヒカリさん、衣裳をチェックしますか?」と男性スタッフが楽屋に入ってきた。
「衣裳って? もうチェックしたじゃない」
「いえ、今日来る子の衣裳です。西園寺先生に頼まれて何点か用意してるんですけど、ヒカリさんと一緒に歌うんだから、ヒカリさんにも確認してもらったほうがいいんじゃないかって、堀田さんが」
 ヒカリの眉がピクリと上がった。
「ありがとう。私はいいわ。堀田さんに任せるって、伝えておいて」
 ヒカリは微笑んだが、目は完全に笑ってない。
「そうだ。私の衣裳とは、かぶらないようにしてって言っといてくれる?」
 語尾は明らかに怒気を含んでいる。スタッフは「ハ・ハイ、わわ分かりました」と慌てて立ち去った。

「充分、気にしてるじゃない」
 アンソニーがからかうと、ヒカリは睨みつけた。
「あら、怖い、怖い。女王様を怒らせちゃったかしら」
 アンソニーは首をすくめた。