その日、アミは大事そうにレンゲの花を活けたコップを持って、レイナの小屋に向かった。河原にレンゲが咲き誇っているのを見て、摘んできたのだ。
 レンゲは、レイナが好きな花だ。毎年、河原でみんなでレンゲを摘み、レイナはアミに髪飾りをつくってくれる。
 アミはペンギンのぬいぐるみを脇に挟んで、水をこぼさないように慎重に歩く。
 歌のレッスンは、土日は休みだ。今度の土曜日に河原に行こうと伝えたくて、アミはレンゲをプレゼントすることにしたのだ。

 アミはレイナの小屋のドアを開けた。
 すると、そこにミハルの姿はなく、山田がいた。
 山田はミハルのキャリーバッグを開けて中を物色していた。山田と目が合い、アミはその場に凍りつく。
「おや、お嬢ちゃん。何か用かな?」
 山田は不気味な笑みを浮かべながら、立ち上がる。
 アミが逃げ出そうとすると、山田はすばやく「おっと」とその腕を強くつかんだ。アミは声にならない声を上げる。

「ああ、しゃべれないガキか」
 山田はアミの顔をのぞき込んだ。どんよりと曇った瞳が、異様な輝きを放つ。
「勘違いしないでほしいな。おじさんは、おばさんに頼まれて探し物をしてただけだよ」
「んーんー」
 アミは激しく頭を振る。
「ん? 違うだろって?」
 山田はフッと笑ってからアミの首に右手をかけ、力を込めた。アミの手からコップが滑り落ちる。
 アミは苦しくなり、必死で手を外そうとするが、ますます力が加わる。息ができない。顔が真っ赤になり、意識が遠のく。

「ここで見たこと、誰にも言うんじゃねえぞ? な? でないと、もっと苦しい思いをすることになるぞ?」
 山田は囁くように言うと、手を緩めた。アミは崩れ落ち、激しく咳き込む。
「ま、言おうにも言えないだろうけどよ」
 キャリーバッグを元に戻すと、山田はアミに目もくれず、レンゲを踏みつけて小屋を出て行った。

 アミは床にへたり込んで震えていた。
 無残に踏みにじられたレンゲを手に取り、「うー……」と嗚咽を漏らす。