「どうやら、着いたようだな」
 機動隊とにらみ合っていた裕は、ドアの外の騒動に気づき、微笑んだ。
 それと同時に、ホールのドアが開き、ファンがなだれこんだ。
「うわっ、なんだ、なんだ⁉」
「何やってるんだよ、外の連中は!」
「外に出せ、出せ!」
 機動隊は追い出そうとするが、逆にファンたちは取り囲んで隊員を持ち上げて、会場の外に送り出してしまう。機動隊の悲鳴がホールに響き渡る。
「そいつら、全員、外に運んじゃって! バイバ~イ」
 アンソニーははしゃぎながら、その光景を撮影している。

 機動隊がいなくなると、レイナが姿を現した。
「レイナ!」
 裕は大きく手を振る。
「裕先生、笑里さん、帰って来たよ~!」
 レイナも手を振って応える。
 ファンはちゃんと道を開けて、レイナとトムをステージに導いてくれた。
 裕がレイナに手を差し伸べる。
「待ってたよ」
 レイナは裕の手につかまってステージによじ登った。裕はレイナを抱きとめる。レイナは汗だくになって、荒い息をしていた。
 ファンから一斉に拍手が起きる。

「無事でよかった」
 裕の声は震えている。
 笑里とアンソニーは歓声を上げて駆け寄る。
「レイナちゃん、無事だったのね!」
 笑里は涙で顔をクシャクシャにしながら抱きしめる。
「ごめんね、連絡、できなくて」
「いいの、いいのよ。あなたなら絶対にここに来るって信じてた」
「ちょっと、ちょっとお。オレのことは無視?」
 ステージの下でトムがすねている。
「ハイハイ。王子様もよく頑張ったわね」
 アンソニーが手を差し出した。

「みんなが君を待っていたんだ。ここにいるみんなも、外のファンも」
 裕はようやく落ち着きを取り戻した。
「うん、分かってる。みんな、ありがとう‼」
 レイナはファンに向かって手を振る。
「皆さん、いったん、外に出てくださーい! ステージの準備をします!」
 支配人が呼びかけると、ファンは「やった、やった!」「機動隊、ざまあみろ!」「オレら、頑張ったよな?」と互いに健闘をたたえながら、ぞろぞろと外に出て行った。
 支配人は裕に何やら耳打ちする。
「それはいいですね。レイナの準備がありますから、こちらは大丈夫ですよ」
「よかった! それじゃ、急いで用意します!」
 支配人は飛んで行った。
「さあ、お姫様、支度しなきゃ」
 アンソニーがレイナの顔を両手で挟む。
「最っ高のメイクをするわよ!」

「あれ、スティーブはどこだろ」
 トムはキョロキョロと見回す。
「もしかして、外に置いてきちゃったかも」
「外はまだ大混乱してるんでしょ? 迎えに行ってあげたほうがいいんじゃない?」
「しょうがないなあ」
 トムが大げさに肩をすくめると、アンソニーは「あなたの育ての親でしょ」と頭をこづいた。


「美晴さん、レイナちゃんが会場に着いたみたいだ」
 イヤホンから、岳人の声がした。
「えっ、戻って来られたの?」
「ファンが大喜びして、会場の外で泣きながら動画で報告してるよ」
「よかった。あの子が無事で」
 美晴は胸をなでおろす。
 そのとき、轟音が響いた。暗くなった空から、一機のヘリコプターが現れ、官邸の屋上に着陸する。
「どうやら、SAT(特殊急襲部隊)が呼ばれたらしいな」
 岳人が緊迫した声になる。
「気をつけて。武力を使うかもしれない」
「分かってる。最初から、そのつもりだから」
 美晴は口元を引き締める。
「どんなに妨害されても、私はここからは逃げないって決めてるの」


「みんなー、お待たせしましたー!」
 レイナがステージに姿を見せると、大歓声が会場を揺らした。会場は一階も二階も満席で、廊下やロビーにも人があふれていた。
 ライブは予定より2時間遅れで始まることになった。機動隊はケガ人を多く出し、あきらめて撤収してしまった。
 会場の外には数万人のファンが詰めかけているので、急遽、外にもスクリーンを立てて、ライブの様子を同時中継することにしたのだ。
「粋な計らいをしてくれる」と裕は支配人の心意気を喜んでいた。

「今日は私のバースデイライブに来てくれて、ありがとう! 会場のみんな、元気ですかー?」
 レイナはシンプルなシルバーサテンのリボンつきワンピースに白いブーツを履き、髪にはもちろん赤いバレッタをつけている。
 うおーっという歓声が沸き上がる。
「外にいるみんな、見てますかー?」
 どおっと会場が揺れた。
「OK、みんな、ありがとー! 一曲目、『名もなき愛を歌おう』、行くよー!!」
 バンドの演奏が始まると、観客は狂ったように飛び跳ねたり、曲に合わせて体を揺らす。

 ライブの様子は観客たちが生配信し、官邸前のデモ隊にも伝わった。
「レイナ、日本に戻って来られたんだ」
「すごいね、このファンの数」
「機動隊が抑えられなくて、退散しちゃったんだってさ」
「へー、すごいじゃん!」
 デモの参加者は、動画を見ながら興奮している。
 森口もスマホを見ながら、涙ぐんでいた。
「レイナさん……よかった! ホントは会場で見たかったけれど」
 つぶやく。
「こっちも負けませんよ。レイナさんに負けてられない。大人は大人で闘わないと」
 それから、「片田、辞めろ!」と腹の底から声を出す。
 森口のその勢いに押されて、疲れて休憩していた周りの人も再びシュプレヒコールを上げる。
 10万人の声がうねりをあげて、官邸を包み込んだ。