ジンは封鎖されている橋の上で、警官たちとにらみ合っていた。
 もう数メートル先は東京だ。レイナのライブ会場にゴミ捨て場の住人を送って行ったら、美晴が闘っている官邸前に駆けつけたい。
 だが、どこの橋でもバリケードが築かれ、東京に入るのを阻まれている。思いつく限りの説得を試みるが、警官は頑として受け入れない。

「どうすっかな」
 マイクロバスに戻ると、「ここもダメなんですか?」と女性に話しかけられる。
 その女性は、レイナがミニライブを開いたゴミ捨て場の責任者だ。
 河原に移り住んでいた住人のうち数人がゴミ捨て場に戻ったという話を聞き、ジンはゴミ捨て場の様子を見に行った。そこで責任者とバッタリ会ったので、レイナのライブのことを話すと、「私も行きたい!」と同行することになったのだ。
 その女性は黒木茜と名乗った。

「ああ。東京に入る道路は、小さな橋でも閉鎖されてるみたいだな」
 ジンはスマホで地図を調べながら、「こうなったら、県境に川がないところから入るしかないか」とつぶやく。
「でも、県境が平地になってるところには、車が殺到して大渋滞が起きてるってニュースに出てますよ」
 茜もスマホを見ながら言う。
「そっちの道路も封鎖されるか……」
 ジンが思案に暮れていると、「んなまどろっこしいことしないで、さっさと通ればいいじゃないか」とゴミ捨て場の住人の一人が身を乗り出す。
 レイナに団地に住むよう勧められたとき、「もう関わり合いになりたくない」と拒んだ男だ。

「通ればいいって、通れないから困ってんだよ」
「突破すればいいじゃないか。ここは日本なんだから、警察が銃で撃ってくるわけじゃないだろ?」
 男は顎で促す。
「猛スピードで突進すれば、あいつらだって避けるだろ? その隙にバリケードに突っ込めばいいじゃないか。あんなやわなバリケード、車がへこむぐらいだろ?」
「なんだ? 急に協力的だな。あのときは、レイナを突っぱねたくせに」

「まあ、あのときは急にゴミ捨て場を追い出されたからさ、あんな態度とっちまったけど。レイナの母親が片田と対決したんだろ? その動画、見たよ。ゴミ捨て場で演説してるのもさ。あの美晴って人、うちのゴミ捨て場にも来たことあるんだよ。住民票を取らないかって言われて、そんな面倒なことやってられんって突っぱねちゃったんだけどさ。今回、投票するためって分かってたら、住民票も取ったんだけどさ。まあ、そんなわけで、オレらは何もできないから、せめてレイナには謝りたいんだよ」

 男の背後で、他の住人も真剣な表情でうなずいている。
「だから、何としても東京に入らないと」
「……分かった」
 ジンはシートベルトを着けてエンジンをかけた。
「それじゃ、強行突破するから、つかまってろよ!」
 アクセルを踏む。最初は普通のスピードで、徐々にスピードを上げる。

 バリケード前にいた警官たちは、マイクロバスがこちらに突進してくることに気づいた。
「おいっ、止まれ、止まれ!」
「ここは封鎖されてるんだ!」
「バカッ、何すんだよ⁉」
 口々に叫ぶが、マイクロバスはグングン加速する。ハンドルを握るジンの目は血走っていた。
「うおーーー!」
 ジンが叫ぶ。

「ヤバイ、逃げろっ、逃げろっ!」
「突っ込んでくるぞ!」
 警官は慌てて逃げ惑う。がら空きになった真ん中にマイクロバスは突っ込み、バリケードを跳ね飛ばす。そのまま猛スピードで、突っ走っていった。
 警官たちは呆然と見送るしかなかった。


「森口さんとか言ったっけ」
 ふいに声をかけられて、ウトウトしていた森口は我に返る。
 東京と地続きになっている場所を探したのだが、そこにつながる道路は既に渋滞していて、一向に車の列が動く気配はない。
「ハイ、ハイ」
「ここから官邸ってとこまで、歩いてどれぐらいかかる?」
「えっ、歩いて?」
「こんなところで待っててもしょうがないから、オレら、歩いて行くわ」
「いや、そんな、まだ埼玉ですよ? それに、官邸って?」
「陸と千鶴さんが今、官邸でデモしてんだろ? オレらの仲間が頑張ってんだからさ、応援に行かないと」
「えっ、それじゃ、レイナさんのライブは」
「始まんのは夜だろ? それまでは陸と千鶴さんと一緒に抗議しようって、みんなで決めたんだよ」

 森口が運んで来たのは、陸と千鶴が住んでいる福島のゴミ捨て場の住人だった。美晴が応援演説をスタートした場所でもある。
 森口はスマホで調べ始めたが、やがてマイクロバスを道沿いにあるショッピングセンターに止めた。
「私も行きます。15年前、私もあそこで声を上げてたんだ」
 森口は普段とは別人のような、強い光が宿ったまなざしになった。
「さあ、行きましょう! 闘いに」


 官邸前のデモの映像を観て、一緒に声を上げようと続々と人が東京に集まって来る。ボロボロの格好をした若者もいれば、裕福な身なりの高齢者も、小さな子供連れの夫婦もいる。   

 ――このままじゃいけない。
 ――もう黙って我慢しているのはイヤだ。
 ――自分たちの手でこの国を変えたい。変えるんだ。

 そんな想いに突き動かされて、人々は今、ここに立っている。
 どんなに警官が止めても、人々はあきらめない。もみ合っている横を次々とすり抜けていく。
「こんなの、止めるのはムリだよ」
 ついに警官たちはあきらめた様子で、脇にどいてしまった。
 都内に入って行く人たちは、決意に満ちた表情をしている。
「官邸までどれぐらい?」
「都内は電車も動いてるんだから、乗れるんじゃない?」
「タクシーをつかまえようよ」
 今、大きなうねりが日本全体を包んでいた。