レイナたちを乗せた車は渋滞にハマっていた。
「高速道路を使うと監視カメラに引っかかるって思って、一般道を選んだんですけど」
 運転手は申し訳なさそうに言う。アリソンが日本の知人を介して、信頼できる運転手を手配してくれたのだ。
「どれぐらいかかるんだ?」
「普通だったら1時間半ぐらいで着くんですけど……2時間は超えるかもしれません」
「まあ、どんなに遅くても午後には着くだろう。少しでもリハをできれば、それでいい」
 スティーブは呑気に言う。

 レイナはタブレットでニュースを見ている。
「あれ、ニュースにママが出てるっ」
「え、どこ?」
 トムが覗き込む。レイナはタブレットの音声を大きくした。

「こちら官邸前です。真実の党の党首の影山美晴さん、そして候補者が集まり、官邸に抗議の声を上げています」
 男性レポーターが神妙な面持ちで解説している。カメラがその背後に向けられた。
「投票中止、反対!」「投票所、開けろ!」
 集まった人たちは官邸に向かって叫んでいる。その最前列にいるのは美晴だった。

「失礼します、影山美晴さんですね」
 レポーターは群衆に割って入り、美晴にマイクを向けた。
「ハイ、そうです」
「少しお話を伺えませんか」
「いいですよ」
 美晴はカメラに向き合う。

「これ、これ、今、ママがここにいるってことだよね?」
 スティーブに見せると、「ああ、そうみたいだね。レイナのママは闘ってるんだ」と肩をやさしく叩いた。

 ――ママ。ママ。もうすぐ会える!

「昨日の討論会が話題になっていますが、今日、官邸前で抗議活動をされているのは、どうしてなんですか」
「投票が中止になったからです。今、全国の投票所が閉鎖されて、投票するために集まった有権者を中に入れない事態が起きています」
「どうしてそんなことが起きてるんでしょう」
「それは民自党が惨敗するのを避けるためでしょうね。政権交代されると困るからでしょう」

「それで、ここに集まっている皆さんは、真実の党に入れてもらうために投票所を開けさせようとしてるんですか」
「違います。政権交代するしない以前に、投票をさせないというのは民主主義に反しますよね。私たち国民には投票をする権利がある。それを権力者が、自分たちに都合がいいときは投票させて、都合が悪いときには投票させないなんてことは許されません。総理に、まっとうなことをしなさいって言ってるだけです」

「はあ……それじゃ、投票所が開いたとして、民自党に入れる人が大勢いたとしたら?」
「どこの政党の誰に入れるかは、一人ひとりが考える問題です。それは私たちが口出しすべきことではありません」
「そうですか。片田総理大臣もテレビの中継を見ているかもしれないので、何か言いたいことはありますか」
「国民のために投票所を開けてほしい。ただそれだけです」
 美晴がデモに戻ろうとすると、なおもレポーターはマイクを向ける。
「片田総理は、昨日の討論会では、かなりの悪事を働いていたんじゃないかと思われますが、それが世の中に知れ渡って、今、どんなお気持ちですか」

「それより、あなたのところはちゃんと報じたんですか?」
 そばでやりとりを聴いていた陸が、会話に割って入る。
「あなたたちメディアはずっと片田の言いなりになって、民自党に都合のいいことしか報道してこなかったじゃないですか。昨日、なんで海外の特派員協会であんなことをしたんだと思いますか? あなたたちは政権にベッタリで信用できないからですよ。だから海外のメディアに情報を提供するしかなかった」
 レポーターは「それは……」と言葉に詰まる。
「あなたたちは国民の味方じゃない。権力者の味方でしょ? いや、手先って言うのかな。権力者の手先。民自党の広報担当。権力者の操り人形になってる自分を恥ずかしく思わないんですか? 全力で闘ってるオレらを見て、どう思うんですか?」
「陸君、それぐらいで」
 ヒートアップした陸を、美晴はやんわりと止める。
 レポーターは震える声で、「えー、官邸前からでした……」と何とか締めくくった。


「あれっ、何かやってる」
 運転手がつぶやいた。
 多摩川を渡る六郷橋手前の409号線の交差点で、大勢の警官が誘導棒を振り回して何かを叫んでいる。

 警官の一人がこちらに走って来て、「ただいま六郷橋は封鎖されてます。渡れないので、右か左に曲がってください!」と大声で呼びかける。
「えっ、何だ、それ?」
 運転手が窓を開けて、警官を「すみません」と呼び止める。
「あの、どういうことですか? 六郷橋を渡れないって」
「封鎖されて、東京には入れないようになってるんです」
「それじゃ、他の橋に行けってことですか?」
「他の橋からも入れませんよ。東京につながる道路はすべて封鎖されて、都内に入れないんです」

 運転手は訳が分からないという表情で、「え、え、入れないって……じゃあ、どうやって都内に入ればいいんですか?」と聞く。
「だから、東京には入れないんです」
「埼玉まで出るとか?」
「それもダメです。神奈川だけじゃなく、埼玉も千葉も、東京につながる橋や道路はすべて封鎖されたんです」
「え、え、え、なんで? なんでそんなことに?」
「僕らも分からないんですよ。警察庁から、とにかく封鎖して車を一台も通すなって言われて、僕らもパニック状態で……あー、ちょっとちょっと、そこの車、直進できないってば!」
 警官は車を追いかけて走って行く。

「いったい、何が起きてるんだ?」
 状況が分かってないスティーブに、運転手は英語で説明する。
「それが原因じゃないの?」
 トムがレイナのタブレットを指す。
「どういうこと?」
「だって、美晴さんがカンテイってところで、総理をディスってるんでしょ? そこに人が集まらないようにしてるんじゃないの?」
「賢いな、トム。多分その通りだ」
 スティーブは感心する。
「じゃあ、どうすればいいの?」
 レイナはたちまち不安になる。
「車じゃ入れないのなら、電車で行くしかないんじゃないですかね」
 運転手はカーナビで調べて、「すぐ近くに川崎駅があるから、そこに行きましょう」とハンドルを切った。

 川崎駅周辺は既に多くの車が詰めかけて、渋滞が起きていた。大勢の人が駅に向かって走っている。
「ダメだ、電車が止まってる!」
 レイナたちが車を降りると、叫びながら走り抜けていった人がいる。
「え? 電車も止まってる?」
 運転手が駅から来た人をつかまえて話を聞く。
「電車も東京方面は封鎖されて、折り返し運転しかしていないそうです」
 運転手は弱りきった声を上げた。

「それじゃ、どうやって東京に入ればいいんだ?」
「他の電車は通じてるのか……」
 運転手はスマホで調べる。
「ダメです。どこの路線も、東京には入れないようです」
「なんてこった。じゃあ、どうやって東京に入ればいいんだ?」
「徒歩ですかね? 東京に入れば、車も電車も動いてるだろうし。えーと、歩いて渡れる橋は……」
「歩いても渡れないみたいですよ」
 通りすがりの中年男性が教えてくれた。
「今、うちの息子から連絡があって、歩いて渡ろうとしたら警官に止められたって言ってました。まったく、仕事があるのに、どうしてくれるんだか」
 ため息をつきながら去って行く。

「……じゃあ、どうすればいいの?」
 4人は途方に暮れるしかなかった。