「ママは闘ってる……」
レイナは、討論会の動画をタブレットで見ていた。
美晴と片田の話は半分ぐらいしか分からないが、どうやら自分の父親の死にも片田は関わっているらしいことは理解した。
――会ったことのないパパ。ママは、パパのことをまだ愛してるって言ってた。ママの目の前でパパは死んだんだ……。
脳裏にタクマが亡くなったときの光景がよみがえる。
レイナは髪のバレッタに触る。
――お兄ちゃん。私は今日、お兄ちゃんと同じ歳になるよ。お兄ちゃんが死んだときと同じ歳。一緒にゴミ捨て場を抜け出そうって言ってた歳になったよ。
「レイナ、そろそろ日本に降りる準備をしろって」
トムが伝えに来た。
「うん。行こう」
レイナは立ち上がる。
――こんな世の中じゃなければ、お兄ちゃんもパパも死ななくてすんだんだ。そうでしょ? ママ。私もこれから、闘いに行くからね。
今日は12月14日。レイナの15歳の誕生日だ。
日本は朝から気持ちいいぐらいの青空が広がっていた。
「ちょっと待って」
羽田空港で、外国人男性が職員に呼び止められた。
「その荷物は?」
「楽器ですよ」
「開けてみせて」
職員は機材の運搬用のボックスを指す。人一人が入れるような大きさだ。
男は、仲間と顔を見合わせる。
「開けられません。僕らは運んでるだけなんで」
男が難色を示すと、職員の顔色が変わる。
「おいっ、こっちこっち!」
仲間を呼び寄せて、「この荷物、怪しくないか?」とボックスを指す。
「まさか、中に?」
「早く開けて! 中を見せて!」
「ちょっと、乱暴に扱わないでくれ!」
押し問答が続き、職員は強引にボックスを開けてしまった。
中から、音響用の機材が出て来た。男たちは「NO~!」とおおげさに騒いでみせる。
「これで満足かい? この機材は最新式なんだよ。手荒く扱ってたけど、もし壊れたら、あんたたちが弁償してくれるんだろうね?」
男が不満をぶつけると、職員たちは決まり悪そうに顔をそらす。
男たちが去ると、
「なんだ、アメリカからのVIPで、ミュージシャンって言うから、てっきり……」
「なあ。スティーブの関係者かと思ったよなあ」
「レイナが入ってると思ったのに」
「そんな分かりやすいことは、さすがにしないんじゃないか。ビジネスマンを装って入国するとか」
と、職員は集まってボソボソと話す。
男らは到着ロビーに出ると、ニヤリと笑って親指を立てた。
本牧埠頭に一隻のクルーズ船が停泊していた。豪華な客船で、アメリカの富豪がチャーターしたものだ。
いかにもセレブらしい華やかなファッションに身を包んだ乗客が、スーツケースを持って次々と降りて来る。
「横浜で1泊のご予定ですね」
税関の職員は一人一人のパスポートを確認しながら、入国者の顔を見る。
「あ、あなたは、もしかして」
金髪で青い眼をした女性がパスポートを差し出して、ニッコリとほほ笑む。
「歌手のアリソン・ルイスですよね?」
「ええ。今回はお忍びで来たの。私が日本に来てることは内緒にしておいてね。ファンに騒がれると困るから」
「もちろんですっ」
「今回はいとこの子も一緒なの。フェイ、挨拶して」
「HAI!」
フェイと呼ばれた少女は、長い黒髪で赤い縁の眼鏡をかけている。
「この子、かわいいでしょ? 目元が似てるってよく言われるの」
アリソンはフェイの肩を抱き寄せる。
「いとこの方は、日系で……?」
「いいえ、いとこの旦那さんがアジア人なの」
「なるほど、そうですか」
職員はパスポートをざっと見て、二人のスーツケースを調べる。
「問題ありませんね。日本を楽しんでください」
「ありがとう」
フェイと手をつないで税関を去ろうとしたアリソンを、「あの!」と職員が呼び止める。アリソンは警戒しながら振り向く。
「僕、あなたの大ファンで……サインしていただけませんか?」
「いいわよ、喜んで」
職員とアリソンが盛り上がっているのを横目に、フェイは「あっちで待ってるね」とさっさと税関を抜ける。
建物の前には白いワゴン車が待っていた。運転手がフェイに目配せをする。フェイは後部座席に乗り込んだ。既に後部座席には男性と男児が乗っている。
「車を出してくれ」
その男性――スティーブが命じる。
「ふうっ、ドキドキしたあ。バレたらどうしようって思った!」
フェイはかつらと眼鏡をはずした――レイナが変装していたのだ。フェイとそっくりになるように特殊メイクもしていたが、気が付かれたらどうしようと気が気ではなかった。
「職員がアリソンのファンでよかったな。ほとんど上の空で、アリソンばっか見てたからな」
スティーブはニヤニヤしている。
「オレとスティーブは、名前を変えただけでも全然疑われなかったよ。オレって、日本じゃ全然知られてないんだな」
トムが残念そうに言う。
「まあ、日本人には外国人の区別はつかないしな。オレらがアジア人はみんな同じに見えるように」
「アリソンって、すっごく優しくて、素敵な人!」
「ああ。アリソンはレイナのファンで、今回の話を持ちかけたら、喜んで協力してくれたからよかったよ。自分のライブに出てくれるならって条件つきだけど」
「アリソン、いい匂いしてたな……」
「トムはずっとアリソンのそばでデレデレしてたよね」
「こいつ、後10年待っててほしいって、アリソンにプロポーズしてたんだぞ?」
「マジ⁉」
無事に日本に上陸できたので、3人のテンションは一気に上がっていた。
「このメイク、落としてもいい?」
「何が起きるか分からないから、お台場に着くまでは、そのままでいたほうがいいな」
「その顔のまんま先生たちに会ったら、驚くんじゃないの?」
「それも面白いかも!」
3人は弾けるように笑う。
ワゴン車は東京に向かって快調に飛ばす。
レイナは、討論会の動画をタブレットで見ていた。
美晴と片田の話は半分ぐらいしか分からないが、どうやら自分の父親の死にも片田は関わっているらしいことは理解した。
――会ったことのないパパ。ママは、パパのことをまだ愛してるって言ってた。ママの目の前でパパは死んだんだ……。
脳裏にタクマが亡くなったときの光景がよみがえる。
レイナは髪のバレッタに触る。
――お兄ちゃん。私は今日、お兄ちゃんと同じ歳になるよ。お兄ちゃんが死んだときと同じ歳。一緒にゴミ捨て場を抜け出そうって言ってた歳になったよ。
「レイナ、そろそろ日本に降りる準備をしろって」
トムが伝えに来た。
「うん。行こう」
レイナは立ち上がる。
――こんな世の中じゃなければ、お兄ちゃんもパパも死ななくてすんだんだ。そうでしょ? ママ。私もこれから、闘いに行くからね。
今日は12月14日。レイナの15歳の誕生日だ。
日本は朝から気持ちいいぐらいの青空が広がっていた。
「ちょっと待って」
羽田空港で、外国人男性が職員に呼び止められた。
「その荷物は?」
「楽器ですよ」
「開けてみせて」
職員は機材の運搬用のボックスを指す。人一人が入れるような大きさだ。
男は、仲間と顔を見合わせる。
「開けられません。僕らは運んでるだけなんで」
男が難色を示すと、職員の顔色が変わる。
「おいっ、こっちこっち!」
仲間を呼び寄せて、「この荷物、怪しくないか?」とボックスを指す。
「まさか、中に?」
「早く開けて! 中を見せて!」
「ちょっと、乱暴に扱わないでくれ!」
押し問答が続き、職員は強引にボックスを開けてしまった。
中から、音響用の機材が出て来た。男たちは「NO~!」とおおげさに騒いでみせる。
「これで満足かい? この機材は最新式なんだよ。手荒く扱ってたけど、もし壊れたら、あんたたちが弁償してくれるんだろうね?」
男が不満をぶつけると、職員たちは決まり悪そうに顔をそらす。
男たちが去ると、
「なんだ、アメリカからのVIPで、ミュージシャンって言うから、てっきり……」
「なあ。スティーブの関係者かと思ったよなあ」
「レイナが入ってると思ったのに」
「そんな分かりやすいことは、さすがにしないんじゃないか。ビジネスマンを装って入国するとか」
と、職員は集まってボソボソと話す。
男らは到着ロビーに出ると、ニヤリと笑って親指を立てた。
本牧埠頭に一隻のクルーズ船が停泊していた。豪華な客船で、アメリカの富豪がチャーターしたものだ。
いかにもセレブらしい華やかなファッションに身を包んだ乗客が、スーツケースを持って次々と降りて来る。
「横浜で1泊のご予定ですね」
税関の職員は一人一人のパスポートを確認しながら、入国者の顔を見る。
「あ、あなたは、もしかして」
金髪で青い眼をした女性がパスポートを差し出して、ニッコリとほほ笑む。
「歌手のアリソン・ルイスですよね?」
「ええ。今回はお忍びで来たの。私が日本に来てることは内緒にしておいてね。ファンに騒がれると困るから」
「もちろんですっ」
「今回はいとこの子も一緒なの。フェイ、挨拶して」
「HAI!」
フェイと呼ばれた少女は、長い黒髪で赤い縁の眼鏡をかけている。
「この子、かわいいでしょ? 目元が似てるってよく言われるの」
アリソンはフェイの肩を抱き寄せる。
「いとこの方は、日系で……?」
「いいえ、いとこの旦那さんがアジア人なの」
「なるほど、そうですか」
職員はパスポートをざっと見て、二人のスーツケースを調べる。
「問題ありませんね。日本を楽しんでください」
「ありがとう」
フェイと手をつないで税関を去ろうとしたアリソンを、「あの!」と職員が呼び止める。アリソンは警戒しながら振り向く。
「僕、あなたの大ファンで……サインしていただけませんか?」
「いいわよ、喜んで」
職員とアリソンが盛り上がっているのを横目に、フェイは「あっちで待ってるね」とさっさと税関を抜ける。
建物の前には白いワゴン車が待っていた。運転手がフェイに目配せをする。フェイは後部座席に乗り込んだ。既に後部座席には男性と男児が乗っている。
「車を出してくれ」
その男性――スティーブが命じる。
「ふうっ、ドキドキしたあ。バレたらどうしようって思った!」
フェイはかつらと眼鏡をはずした――レイナが変装していたのだ。フェイとそっくりになるように特殊メイクもしていたが、気が付かれたらどうしようと気が気ではなかった。
「職員がアリソンのファンでよかったな。ほとんど上の空で、アリソンばっか見てたからな」
スティーブはニヤニヤしている。
「オレとスティーブは、名前を変えただけでも全然疑われなかったよ。オレって、日本じゃ全然知られてないんだな」
トムが残念そうに言う。
「まあ、日本人には外国人の区別はつかないしな。オレらがアジア人はみんな同じに見えるように」
「アリソンって、すっごく優しくて、素敵な人!」
「ああ。アリソンはレイナのファンで、今回の話を持ちかけたら、喜んで協力してくれたからよかったよ。自分のライブに出てくれるならって条件つきだけど」
「アリソン、いい匂いしてたな……」
「トムはずっとアリソンのそばでデレデレしてたよね」
「こいつ、後10年待っててほしいって、アリソンにプロポーズしてたんだぞ?」
「マジ⁉」
無事に日本に上陸できたので、3人のテンションは一気に上がっていた。
「このメイク、落としてもいい?」
「何が起きるか分からないから、お台場に着くまでは、そのままでいたほうがいいな」
「その顔のまんま先生たちに会ったら、驚くんじゃないの?」
「それも面白いかも!」
3人は弾けるように笑う。
ワゴン車は東京に向かって快調に飛ばす。