「ハイ。レイナは本番までに日本に戻ってくる気でいます。だから、ライブを中止するつもりはありません」
裕はライブ会場の支配人と電話で話していた。
「バックバンドのメンバーとも、リモートでリハーサルをしています。もちろん、生で合わせてるわけではないから、準備が完璧とは言えないんですけど。でも、ずっとツアーで一緒に回っていたメンバーなので、たとえぶっつけ本番になっても、何とかなるんじゃないかって思ってます。心配させてしまって、申し訳ないです」
「それじゃ、ライブは予定通り行うってことで、こちらも作業を進めますから。明日は朝から会場を開けといて、リハはいつでもできるようにしておきます」
裕は支配人に何度もお礼を述べた。
「ライブは17時からよね。間に合うかしら」
笑里は裕の隣に座って、やりとりを聞いていた。
「そう祈るしかないな。ゴミ捨て場からの送迎は、森口さんやジンさんたちがやってくれるし。後、こちらでできることと言えば、何だろう」
「そうねえ。ステージ衣装もそろってるし」
そのとき、玄関から森口が「すみませーん」と呼ぶ声がした。二人で行くと、森口が困惑したような顔をしている。
「どうも、アミちゃんに何かあったみたいで……アミちゃんの友達が知らせに来てくれたんですが、ちょっとよく分からなくて」
森口の隣には、アミの友達が泣きそうな顔で立っている。一生懸命、話してくれるが、半分ぐらい聞き取れない。
「かりんちゃんだったね。お母さんなら、何が起きたのか分かるかな」
かりんはうなずくと、家を飛び出した。
「どうやら事故に遭ったというわけではなさそうだな」
「ええ。いない、いない、と何度も言ってるので、遊びに行って、途中ではぐれたのかもしれませんね」
ややあって、かりんは母親を連れて戻って来た。
「かりんから聞きました。アミちゃんと遊んだ帰り道に、アミちゃんのお父さんに声をかけられたそうなんです」
「団地に住んでいたヒロさんですか? 今は、ここにはいないはずですが」
「今日は近くに来てたようなんです。それで、一緒に来るように言われて、アミちゃんは喜んでついていったそうです。でも、団地に住んでたときは、いつもお父さんはアミちゃんに会っても無視してたから、かりんが不審に思って後をつけたら、黒塗りの車に乗り込んだって」
裕と笑里は息を呑んだ。
「かなり立派な車だったそうです。それで、何かおかしいことが起きたんじゃないかって、かりんは心配してるんです」
「そうですか……車に乗っていたのはアミの父親だけでしたか?」
かりんは首を大きく振ると、母親に手話で何かを伝える。
「二人とも後部座席に乗ったら、車は走り出したので、運転手がいたんじゃないかって」
「そうでしたか。分かりました。わざわざ知らせてくれて、ありがとうございます。アミは僕らに何も言わずにどこかに行くことはないので、何かに巻き込まれたのかもしれません」
「警察に知らせたほうがいいかもしれませんね」
「ええ。心配していただいて、感謝します。後はこちらで探してみますので、何か分かったらご連絡しますね」
かりんと母親が帰ってから、「とにかく、ジンさんに知らせよう」と裕は森口に車を出すように頼んだ。
「おい、ヒロはいるか?」
そこはホームレス向けの宿泊所だった。団地を壊された後、ゴミ捨て場の住人の多くはそこで寝泊まりしていた。
裕から話を聞いて、ジンとマサじいさんは宿泊所に裕を案内したのだ。
「さあ。そういや、今日は姿を見てないな」
「あいつ、働いてたっけ?」
「いや、毎日ここでゴロゴロしてたよ」
「誰かがヒロに会いに来たってことはないか?」
ジンの問いかけに、みな首をかしげる。
「どうかな」
「借金取りとか?」
「ヒロは、男の人に連れてかれたわよ」
相変わらずガウンを着てウロウロしているルミが、タバコの煙をけだるそうに吐く。
「男? どんなやつだ」
「誰かは分かんないけど。背は結構高かったわね。高そうなスーツ着て、高級車に乗って、いかにも金持ちって感じの人。そういえば、足をひきずってた」
裕は「片田の秘書か」とつぶやいた。
「片田? 総理か?」
マサじいさんが眉根にしわを寄せる。
「もしかして、明日が投票日だからか? 美晴さんが立候補してるんだろう?」
「ええ。今、真実の党はものすごい勢いで注目されてますから。でも、アミをさらって何をするつもりなのか……。レイナに何て言えば……」
裕は頭を抱える。
「レイナには言わないほうがいいだろ。向こうも、日本に戻れなくて困ってるんだから。これ以上、余計な心配をさせる必要はない」
ジンがキッパリと言う。
「とにかく、オレらで探そう。官邸とか、その秘書の自宅とか、調べられるだけ調べるしかないな」
「分かりました。そうしましょう」
裕は力なくうなずく。
「しかしまあ、次から次へと。よっぽど、美晴さんが怖いんだろうなあ」
マサじいさんは暢気な口調でいう。
「結局、人として間違ったことをしてるやつは、いつも何かにおびえてるもんだ。正しい者に正されるのが、怖いんだろうな。それは自分の全否定になるからなあ。ずっと自分を誤魔化して、自分に言い訳しながら生きている。そんなヤツは、正しく生きている人を憎むものなんだ。自分にないものを持っている人をうらやむものなんだ。だから、自分のいる場所に引っ張り込もうとする。そうすれば安心できるからな」
「また、分かったような、分からんようなことを」
ジンは呆れ気味だ。
「片田がどんなヤツだろうと関係ねえよ。アミを傷つけるようなことをしたら、許さない。それだけだ」
裕はライブ会場の支配人と電話で話していた。
「バックバンドのメンバーとも、リモートでリハーサルをしています。もちろん、生で合わせてるわけではないから、準備が完璧とは言えないんですけど。でも、ずっとツアーで一緒に回っていたメンバーなので、たとえぶっつけ本番になっても、何とかなるんじゃないかって思ってます。心配させてしまって、申し訳ないです」
「それじゃ、ライブは予定通り行うってことで、こちらも作業を進めますから。明日は朝から会場を開けといて、リハはいつでもできるようにしておきます」
裕は支配人に何度もお礼を述べた。
「ライブは17時からよね。間に合うかしら」
笑里は裕の隣に座って、やりとりを聞いていた。
「そう祈るしかないな。ゴミ捨て場からの送迎は、森口さんやジンさんたちがやってくれるし。後、こちらでできることと言えば、何だろう」
「そうねえ。ステージ衣装もそろってるし」
そのとき、玄関から森口が「すみませーん」と呼ぶ声がした。二人で行くと、森口が困惑したような顔をしている。
「どうも、アミちゃんに何かあったみたいで……アミちゃんの友達が知らせに来てくれたんですが、ちょっとよく分からなくて」
森口の隣には、アミの友達が泣きそうな顔で立っている。一生懸命、話してくれるが、半分ぐらい聞き取れない。
「かりんちゃんだったね。お母さんなら、何が起きたのか分かるかな」
かりんはうなずくと、家を飛び出した。
「どうやら事故に遭ったというわけではなさそうだな」
「ええ。いない、いない、と何度も言ってるので、遊びに行って、途中ではぐれたのかもしれませんね」
ややあって、かりんは母親を連れて戻って来た。
「かりんから聞きました。アミちゃんと遊んだ帰り道に、アミちゃんのお父さんに声をかけられたそうなんです」
「団地に住んでいたヒロさんですか? 今は、ここにはいないはずですが」
「今日は近くに来てたようなんです。それで、一緒に来るように言われて、アミちゃんは喜んでついていったそうです。でも、団地に住んでたときは、いつもお父さんはアミちゃんに会っても無視してたから、かりんが不審に思って後をつけたら、黒塗りの車に乗り込んだって」
裕と笑里は息を呑んだ。
「かなり立派な車だったそうです。それで、何かおかしいことが起きたんじゃないかって、かりんは心配してるんです」
「そうですか……車に乗っていたのはアミの父親だけでしたか?」
かりんは首を大きく振ると、母親に手話で何かを伝える。
「二人とも後部座席に乗ったら、車は走り出したので、運転手がいたんじゃないかって」
「そうでしたか。分かりました。わざわざ知らせてくれて、ありがとうございます。アミは僕らに何も言わずにどこかに行くことはないので、何かに巻き込まれたのかもしれません」
「警察に知らせたほうがいいかもしれませんね」
「ええ。心配していただいて、感謝します。後はこちらで探してみますので、何か分かったらご連絡しますね」
かりんと母親が帰ってから、「とにかく、ジンさんに知らせよう」と裕は森口に車を出すように頼んだ。
「おい、ヒロはいるか?」
そこはホームレス向けの宿泊所だった。団地を壊された後、ゴミ捨て場の住人の多くはそこで寝泊まりしていた。
裕から話を聞いて、ジンとマサじいさんは宿泊所に裕を案内したのだ。
「さあ。そういや、今日は姿を見てないな」
「あいつ、働いてたっけ?」
「いや、毎日ここでゴロゴロしてたよ」
「誰かがヒロに会いに来たってことはないか?」
ジンの問いかけに、みな首をかしげる。
「どうかな」
「借金取りとか?」
「ヒロは、男の人に連れてかれたわよ」
相変わらずガウンを着てウロウロしているルミが、タバコの煙をけだるそうに吐く。
「男? どんなやつだ」
「誰かは分かんないけど。背は結構高かったわね。高そうなスーツ着て、高級車に乗って、いかにも金持ちって感じの人。そういえば、足をひきずってた」
裕は「片田の秘書か」とつぶやいた。
「片田? 総理か?」
マサじいさんが眉根にしわを寄せる。
「もしかして、明日が投票日だからか? 美晴さんが立候補してるんだろう?」
「ええ。今、真実の党はものすごい勢いで注目されてますから。でも、アミをさらって何をするつもりなのか……。レイナに何て言えば……」
裕は頭を抱える。
「レイナには言わないほうがいいだろ。向こうも、日本に戻れなくて困ってるんだから。これ以上、余計な心配をさせる必要はない」
ジンがキッパリと言う。
「とにかく、オレらで探そう。官邸とか、その秘書の自宅とか、調べられるだけ調べるしかないな」
「分かりました。そうしましょう」
裕は力なくうなずく。
「しかしまあ、次から次へと。よっぽど、美晴さんが怖いんだろうなあ」
マサじいさんは暢気な口調でいう。
「結局、人として間違ったことをしてるやつは、いつも何かにおびえてるもんだ。正しい者に正されるのが、怖いんだろうな。それは自分の全否定になるからなあ。ずっと自分を誤魔化して、自分に言い訳しながら生きている。そんなヤツは、正しく生きている人を憎むものなんだ。自分にないものを持っている人をうらやむものなんだ。だから、自分のいる場所に引っ張り込もうとする。そうすれば安心できるからな」
「また、分かったような、分からんようなことを」
ジンは呆れ気味だ。
「片田がどんなヤツだろうと関係ねえよ。アミを傷つけるようなことをしたら、許さない。それだけだ」