「捏造だって言うのなら、これはどうですか?」
 美晴は司会者に目配せをした。
 会場が暗くなり、背後のスクリーンに何かが映し出された。
 片田はそれを見て、顔色を変える。
「片田雄一郎。片田総理の父親の臓器移植のカルテですね。これ、臓器を提供した相手が植物状態だった18歳の男性ってなってますが、どういうことでしょうか? 植物状態の患者から臓器を摘出してもいいなんて法律はありませんよね」
 司会者の追及に、片田は「知らん、こんなもの、オレは知らん」と否定するだけだ。
「これがオレの父親だっていう証拠なんか、何も」

 美晴は立ち上がり、リモコンで画像を切り替える。
 片田雄一郎の顔写真が映し出された後、病院の駐車場を支えられながら歩いている画像になった。あの日、ゆずが危険を冒して撮った画像だ。
「これが当日、病院に入って行くお父様の姿です。写真の日時と手術の日時、同じですよね。これ、顔を拡大した画像ですが、どう見てもあなたのお父様じゃないですか?」
「いやいやいや、オレは何も知らない。何かの間違いだろ」
「手術の書類にはあなたのお父様のサインもあります」
「だから、オレは何も知らないって。親父が勝手にやったんだろ?」
「あら、都合の悪いことはすべてお父様のせいだと」
「だーかーらー、オレは何も知らないんだって! 親父に聞いてくれよっ」
「お父様は5年前に他界されてますよね」
 片田は「フン」と鼻で笑った。

「こちらで調べたんですが、この手術を担当した医師と看護師は、みんな死んでいます。1年以内にね。しかも、そのうちの一人が本郷怜人議員の部屋で見つかった。おかしくないですか?」
 担当した医師と看護師の顔と名前、死亡診断書が次々と映し出される。議員宿舎から運び出される、真希の遺体の画像も。それを見るたびに、美晴の胸は締めつけられる。
「知らん、知らん、知らん!」
 片田は怒鳴った後に、激しくせき込んだ。
「よくも……よくも、こんなでたらめを」
「ここで、片田さんに会っていただきたい方がいます」
 美晴が合図すると、会場のドアが開いた。そこには、車椅子に乗った女性の姿があった。
 スタッフが車椅子を押して、片田の前につれてくる。女性はうつろな目をしていて、焦点が合わない。
「この方、どなたか分かりますか?」
「さあ?」
「ここに映っている方ですよ」
 スクリーンには、ゆずの友達が病院で写した写真と、手術当日に片田雄一郎の後について病院に入って行く女性の画像が映し出される。

「この方は、臓器移植のコーディネーターです。あなたのお父様と一緒に映ってますね? お父様の手術も、この方が手配されていましたよね」
「だから、何のことだか、知らんって」
 片田の声はかすれている。そこに追い打ちをかけるように、音声が流れる。

「第2オペ室はどちらですか?」
「どちら様ですか?」
「すみません、私、移植コーディネートを担当している者で」
「ああ、この扉を入って、右に行ってすぐにありますよ」
「ありがとうございます」
「このご遺体……提供してくださった方ですよね」
「そうです」
「摘出手術は成功ですか?」
「まあ、何とか。後は移植チームの腕次第ってところじゃないでしょうか」
「そうですか、よかったです。この病院は優秀なスタッフさんがそろっていて、信頼してお任せできるって片田先生も話していました」
「片田先生……?」
「あ、すみません、今のは聞かなかったことにしてください!」

 音声が終わると、場内はシンと静まり返っている。片田は口の中がカラカラに乾いていた。
「これは、この女性と、殺された看護師の一人、唐沢真希さんとの会話です。片田先生って名前が出てきますね」
「いや、知らん。誰か別の片田だろ!? 勝手にオレだってことにするな!」
「この方を探すのは大変でした。薬の過剰摂取で廃人同様になって、地方の施設に入ってたんですよ。そのお金を払っているのは、不思議なことに、あなたの親族の会社になっています。これが、そのデータです」
「こ、こんなの、どうやって」
 スクリーンに映っている銀行口座のデータを見ながら、思わず片田はつぶやいてしまい、慌てて取り繕う。

「こ、これはボランティアだよ。そう、思い出した。知り合いに頼まれたんだ、しせ、施設を紹介してくれって。その人は、し、知り合いの娘さんか何かで。知り合いがお金に困ってたから、代わりに入院代を払ってあげてたんだ。私はその知り合いにはずいぶんお世話になっていて、恩……そう、恩返しのつもりでね」
「じゃあ、どうしてご自分で直接払うんじゃなくて、親族の会社を経由させたんですか?」
「それ、それは、まあ、誤解されたくなくて」
「誤解って?」
「プライベートのことだから、ここで話すつもりはないっ」
「あなたのお父様の臓器移植に関わった人たちが次々と亡くなったり、薬漬けにされたり、ずいぶんと物騒ですよね」
「そんなのぐ、偶然で」
「偶然ですませられないでしょ」
「こんな、こんなの、証拠にあら、証おあうあいあい」
 片田は動揺しすぎて、日本語が変になっている。

「じゃあ、これはどうですか?」
 また音声が流れる。

「ちち違う、オレは殺してない、ホント、オレじゃなくて、殺し屋がやったんだ」
「殺し屋? 誰が雇ったんだ」
「か、片田さんだっ。すべて、片田さんが考えた計画だったんだ。オレだって、あのときは殺さなくてもいいんじゃないかって言ったよ。そこまでしなくても、政治の世界から追放するだけでいいんじゃないかって言ったんだよ。でも、片田さんは怜人の一族に恨みがあるって言ってた。怜人の父親の秘書をやってたときに、別の秘書をかわいがっていて、片田さんは冷たくされたって……。その秘書はすぐに立候補して、本郷家がバックアップしたから当選できたって。でも、片田さんは支援してもらえなくて、自分の力でやるしかなかったって」

 片田は唇が震えて、ヒューヒューと荒い息が漏れている。
「これは、あなたの秘書の声です。あなたが指示を出して、本郷怜人を殺させた。そうですね?」
 片田は頭を振って否定するしかできなかった。

「私の腕の中で怜人は冷たくなっていった。首を吊っていて、降ろそうと思ってもできなくて……あの日のこと、忘れたことなんて、ない。怜人の、最期の顔も、あの体の重さも。どんなに呼びかけても、目を開けてくれなくてっ。最期に、最期にどれだけ苦しんだのか……。怜人は、正しいことをしようとしたのに、どれだけ無念だったか……! 私は、私は、あなたを絶対に許さないっ。怜人を殺した、あなたを許さない!」
 美晴は声を震わせながらも、片田をまっすぐ見据えて、目を離さない。その頬に涙が伝う。

 片田はようやく、「ひゃやく、早く、こいつを捕まえろ!」と美晴を指さす。
 それを見て、車椅子に乗っていた女性は急に眼を見開き、耳をつんざくような悲鳴をあげた。
「助けて……私はしゃべらないから、お願い、助けて」
 女性はぶるぶると震えて、車椅子を押していたスタッフにしがみつく。
「殺される……殺される」
「おいっ、下手な演技をやめさせろ!」
「この方に、どれだけ怖い思いをさせたんですか?」
「うるさい、うるさあい! 生かしてやっただけでも、ありがたく思え!」
 片田は会場中に響く声で怒鳴った後で、我に返った。

「え……生かしてやっただけでもありがたく思えって、どういう意味ですか?」
 司会者がすかさず突っ込む。
「いや、これは、言葉の綾で」
 ようやく、三橋が警備員を連れて会場に駆け込んだ。
「あの女を逮捕しろ! 内乱罪の容疑者だ!」
 警備員が美晴に殺到しようとしたとき、ドローンが次々と会場になだれこんだ。ドローンは警備員にめがけて飛んでくる。警備員たちは叫び声を上げながら逃げ惑った。
「おい、何をしてる!」
 美晴が席を立ったのを見て、片田は逃すまいと駆け寄り、美晴の腕をつかむ。
「逃がすか!」
 美晴は片田をきっと睨む。
「私のことも殺すつもりですか? 怜人のように」

 そのとき、片田の背後から、誰かが首筋に息を吹きかけたような気がした。振り向いても、誰もいない。
 ドローンが一機、片田に突っ込んでくる。
「なんだこれ、やめろ!」
 振り払おうとしているうちに、美晴は姿を消してしまった。
 ドローンの攻撃の的にされて、しゃがんで頭を抱えている三橋に向かって、片田は「おいっ、行くぞ!」と怒鳴る。三橋は這うようにして片田の後を追う。

「総理、逃げるんですか?」
「まだ討論会は終わってませんよ」
「これらの証拠は何なのか、説明してください!」
「うるさい、うるさい!」

 車に乗り込むまで記者たちは追って来た。三橋たちスタッフが食い止めている間に、何とか車に乗り込む。
「おい、お前が情報を流したんじゃないよな?」
 車が走り出すと、片田は助手席に座った三橋の肩を後ろからつかみ、強く揺さぶる。
「ぼぼ僕じゃありませんよっ。白石じゃないですか?」
「もう誰も信用できん! 全員集めて身体検査をさせろ! 出入りしている官僚も政治家も支援者も、全員を調べるんだ!」
「いや、さすがに支援者までは……あの会話をしていたときにいた人物だけで十分では?」
「お前もいたよな」
「だから、僕じゃありませんって」
「とにかく、出入りしているやつらと、部屋にも盗聴器を仕掛けられてないか、くまなく調べろ!」
「ハハハイ、ただちに!」
 三橋は震える手で、スマホで連絡を取っている。