外に出ると、どこかで工事をしているのか、重機のエンジン音やガシャガシャと物を壊す音が聞こえてくる。
 レイナはアミに引っ張られて、小走りに駆けて行く。だんだん工事の音が大きくなってくる。

「えっ」
 団地が見えたとたん、レイナは足を止めた。
「どうした?」
 少し遅れて、裕が追いつく。
 レイナは呆然と団地を見ている。
 団地の側面には、ポッカリと大きな穴が開いていた。さらに、その穴を広げるように、ショベルカーがショベルを何度も振り下ろしている。
「これは……どういうことだ?」
 あちこちで悲鳴や怒号が上がっている。

「まだ中に人がいるんだぞ?」 
「やめて、やめて!」
「せめて荷物を運び出させてくれ!」
 住人がショベルカーに詰め寄ろうとするのを、警備員が押し止めている。クロは興奮して走り回り、工事の作業員に向かって激しく吠えた。
「うるっせえな、この犬、どうにかしろ!」
 作業員が住人に怒鳴りつける。

 レイナはマサじいさんを見つけた。道路に出て、魂が抜けたように庭を見つめている。
 そこには、今朝も畑があった。マサじいさんが丹精を込めて育てたカブやニンジンが、そろそろ収穫の時期を迎えるところだったのだ。
 その畑がパワーショベルに踏み荒らされ、土がむき出しになっていた。

「マサじいさんっ」
 レイナは駆け寄る。
「何が……何があったの?」
 マサじいさんは、弱々しく頭を振る。
「知らん……何が起きたのか……。こいつらが急に来て、建物を取り壊すことになったって言うんだ。そんな話は聞いてないって言っても、ムリヤリ壊しはじめて……」
 力が抜けたように、マサじいさんは膝から崩れ落ちる。
「マサじいさんっ、しっかりして!」
「アミ、笑里と森口さんをつれてくるんだ」
 裕が命じると、アミは半ベソをかきながら駆け出した。
「おい、そんなところにいたら邪魔だよ。もっと離れて!」
 作業員がレイナとマサじいさんを追い払おうとする。

「工事の責任者はどこですか?」
 裕がその作業員に詰め寄る。
「は?」
「工事の責任者! これは、僕らが買った団地だ! 僕らの物なんだ!」
 裕が声を荒げると、面倒くさそうに、「あの人が現場監督だから、あの人に聞いて」と、腕組みをして工事を見守っている人物を指した。
 裕は現場監督のもとに駆け寄り、「いったい、どういうことですか?」と問う。
「はい?」
「この建物は、僕たちの物です。僕たちが区から買い取った物なんです。今すぐ、工事をやめてください」
 現場監督は怪訝そうな顔をする。
「区から買ったって……そんなこと、担当者からは聞いてませんよ」
「どういうことですか?」

「知りませんよ。3日前に、うちの会社に急いで団地を解体したいってオファーがあったんですよ。なんでも、老朽化していて、そのままにしとくと危ないって」
「そんなことありませんよ! 区役所も、まだ使える建物だからって売ってくれたんです。それに、人が住んでるじゃないですか!」
「ああ、あの人たちは、勝手に住み着いてるんでしょ? 追い出して構わないって言われてるんで」
「何っ……誰に?」
「オレも詳しくは知らないんですよ。うちの社長が請け負ったんで」
 裕はスマホを取り出して、区役所に電話をかけた。
「とにかく、工事をストップしてください! ちょっと待っててください!」
 裕が止めても、現場監督は顔をしかめるだけで、やめさせようとしない。

「もしもし……小田沼さんですか?」
 裕は団地を買い取った際の担当者に事の顛末を話した。
 すると、「えっ、どういうことですか? 解体するなんて話、聞いてませんよ」と小田沼はうろたえている。
「とっとっとにかく、僕もそっちに行きます。それまで、工事を待っててもらってください」
 電話を切って現場監督に告げると、渋々と「解体、やめー!」と号令をかけた。
 住人達が荷物をまとめて、次々と部屋から転がり出てくる。ショベルカーが止まったのを見て、自分の部屋に荷物を取りに行く住人もいた。ルミが「誰か、鏡台を運んで!」と呼びかけると、「そんなもの運んでる場合かよ!」と一蹴される。

「いったい、どういうことだよ!」
 住人が、レイナと裕に詰め寄った。
「それが、何が起きたのか、僕らにも分からないんです。今、区役所の担当者がこっちに向かっているところです」
「勘弁してくれよお。オレ、寝てたんだよ? そしたら、急に壁を壊しだしてさ。一歩間違えたら、死んでたぞ?」
「ねえ、せめて荷物を全部運びだすまで待ってって言ってよ!」
「二つとも壊す気? もう一つの棟も壊すの?」

 裕とレイナが何も答えられないでいると、「みんな、いるか?」と、マサじいさんがゆっくり立ち上がった。
「みんなそろってるか、確認、するんだ」
 みなマサじいさんの言葉で我に返り、互いの安否を確認しあった。
「そういえば、ジンは?」
「ジンは、長距離の仕事で、帰ってくるのは夕方ごろだ」
「そうか……ジンがいれば、壊される前に防げたのに」
 悔しそうに涙を拭う住人もいる。

 そのとき、電話をかけていた現場監督が戻って来た。
「工事を再開します」
「えっ⁉」
 その場にいたみんなは、愕然とする。