「ほんっとうに申し訳ないのですが、レイナさんのステージは中止とさせていただきますっ」
ディレクターは繰り返し言って、レイナと裕に頭を下げる。
「え、どういうことですか? 中止って」
裕が歩み出ても、「もも申し訳ありません、こちらの都合で、ほんっとうに申し訳ないっ」と何度も頭を下げるだけだ。
「音響の調子がおかしいんですか? ステージに不具合が起きたとか」
「いえ、そういうわけじゃ」
「私、演奏なしでも歌えるよ?」
レイナの言葉に、「いや、そういうことでもなくて」と困りきっている。
客席がざわつき始める。
「どういうことだよー」
「ちゃんと説明しろ!」
「レイナの歌を聞きに来たんだぞ?」
次々と怒声を浴びせかける。
「楽しみにしていたファンの皆さん、本当に、大変大変、申し訳ありませんっ」
ディレクターは客席にも頭を深々と下げる。
「こちらの、運営側の不手際で、こんなことになってしまって……。それで、急遽、本日のラストステージをほかのアーティストに務めていただくことになりました」
ステージにいるレイナたちだけではなく、客席もみなポカンとした表情になった。
「なになになに、どういうこと?」
「さっぱり分からない、何が起きたの?」
ステージの袖で笑里とアンソニーが固唾をのんで成り行きを見守っていると、「ジャマ」と笑里は突然押しのけられた。
「ちょっと……っ」
笑里とアンソニーは押しのけた人物を見て、「あっ」と同時に声を上げる。
「本日、メインステージのラストを飾るのは、陣内ヒカリさんです!」
ディレクターの声と同時に、シルバーのワンピースに身を包んだヒカリが満面の笑みで出て来た。客席に「どうも~!」と手を振る。
「……また君か」
裕は驚きを通り越して、呆れ果てた声を上げる。
「どういうこと?」
レイナの問いに、ディレクターは「詳しいことは楽屋でお話しします。とにかく、ラストステージはヒカリさんが務めることになりましたので、ここから降りていただけますか」と必死の形相で頼む。
「こんばんはー、みんな、陣内ヒカリでーす!」
ヒカリが挨拶すると、客席から一斉にブーイングが起きた。
ヒカリは意に介さず、話し続ける。
「今日は、皆さんにご報告したいことがあってきました。私、来年の東京オリンピックの開会式でライブをすることになったんです!」
ブーイングがいっそう激しくなる。
「だから何だよ!」
「んなこと聞きたかねえよ」
「いいから、レイナに歌わせて!」
「お前の歌なんか聞きたくないぞ」
「レイナー、歌ってー!!」
やがて、客席は「レイナ、レイナ」とレイナコールの大合唱になった。ヒカリの顔が引きつる。
ヒカリは立ち尽くしているレイナを睨んで、「あなたの出番はなくなったんだから、早く引っ込んでよ」と棘のある言葉を投げかける。ヒカリのバッグバンドもステージに出てきて、早く交代するように促す。
「いやいやいや、俺ら何も聞いてないから」
「何なんだよ、代わる気ないよ」
バックバンドのメンバーも抵抗する。
イベントのスタッフが次々とステージに出てきて、「すみません、状況が変わったんで」「ステージから降りてください」と説得する。
「とにかくとにかくとにかく、詳しいことは楽屋でお話しするので、今はステージから降りていただけますか?」
「いえ、こんなの納得できませんよ。訳が分からない。何か起きたなら、ファンの前で説明すべきでしょう」
ディレクターと裕が言い争っている。
レイナは客席を見る。ふと、最前列に、散策中に出会った少女達の姿を見つけた。何時間も前から来て場所を取っていたのだろう。二人とも泣きそうになっている。
「私、歌いたい」
レイナは強い声で言う。
「ここにいるみんなは、私の歌を聞きに来てくれたの。だから、私は歌いたい。ヒカリちゃんが終わってからでもいいから、歌いたい!」
ディレクターは、「いや、そういうわけには……」とうろたえている。
観客から「そうだー、レイナの歌を聞きに来たんだー」「ヒカリの歌じゃねえぞ」「早く引っ込め!」と、またもやヤジが飛ぶ。
「レイナもそう言ってることですし、2、3曲でもいいから歌わせてもらえませんか」
裕が頼むと、「いや、その」とディレクターは言葉に詰まる。そして、おもむろに土下座して、「すみませんっ、ステージから降りてください!」と懇願した。
レイナが茫然としていると、「レイナさん、こちらへ」と2人のスタッフに腕をつかまれた。
「おいっ、レイナに乱暴なことをするんじゃない!」
裕は声を荒げる。そのやりとりを見て、ヒカリは険しい表情になった。
「レイナ、行こう」
裕はスタッフを退けて、レイナの肩を抱く。
「どうして……? どうして歌っちゃいけないの?」
レイナは震えながら裕を見上げる。
「みんな、私の歌を聞きたいって言ってるよ?」
「僕にも分からない。とにかく、ここから降りよう」
笑里はたまらずにステージに走って出て来る。
「さあ、レイナちゃん、行きましょう」
レイナは歩くのもやっとという感じで、笑里に抱えられながら階段を下りる。ヒカリは憎悪のこもった目で、その後姿を見ていた。
「レイナ、行かないで~」
「行っちゃやだ~!」
「レイナ―、戻って来て!」
レイナを呼ぶ声が悲鳴のように聞こえる。泣き出すファンもいた。
ヒカリが「は~い、それでは、ここからは私のステージを始めまあす」と仕切りなおそうとする声も、かき消されてしまう。
客席で、誰かが足を踏み鳴らして抗議する。一気にそれが広まり、4万人の観客が足を踏み鳴らして一斉に抗議をする。その地響きはステージをも揺らした。
ヒカリは顔を真っ赤にして、歯ぎしりをする。
ディレクターは繰り返し言って、レイナと裕に頭を下げる。
「え、どういうことですか? 中止って」
裕が歩み出ても、「もも申し訳ありません、こちらの都合で、ほんっとうに申し訳ないっ」と何度も頭を下げるだけだ。
「音響の調子がおかしいんですか? ステージに不具合が起きたとか」
「いえ、そういうわけじゃ」
「私、演奏なしでも歌えるよ?」
レイナの言葉に、「いや、そういうことでもなくて」と困りきっている。
客席がざわつき始める。
「どういうことだよー」
「ちゃんと説明しろ!」
「レイナの歌を聞きに来たんだぞ?」
次々と怒声を浴びせかける。
「楽しみにしていたファンの皆さん、本当に、大変大変、申し訳ありませんっ」
ディレクターは客席にも頭を深々と下げる。
「こちらの、運営側の不手際で、こんなことになってしまって……。それで、急遽、本日のラストステージをほかのアーティストに務めていただくことになりました」
ステージにいるレイナたちだけではなく、客席もみなポカンとした表情になった。
「なになになに、どういうこと?」
「さっぱり分からない、何が起きたの?」
ステージの袖で笑里とアンソニーが固唾をのんで成り行きを見守っていると、「ジャマ」と笑里は突然押しのけられた。
「ちょっと……っ」
笑里とアンソニーは押しのけた人物を見て、「あっ」と同時に声を上げる。
「本日、メインステージのラストを飾るのは、陣内ヒカリさんです!」
ディレクターの声と同時に、シルバーのワンピースに身を包んだヒカリが満面の笑みで出て来た。客席に「どうも~!」と手を振る。
「……また君か」
裕は驚きを通り越して、呆れ果てた声を上げる。
「どういうこと?」
レイナの問いに、ディレクターは「詳しいことは楽屋でお話しします。とにかく、ラストステージはヒカリさんが務めることになりましたので、ここから降りていただけますか」と必死の形相で頼む。
「こんばんはー、みんな、陣内ヒカリでーす!」
ヒカリが挨拶すると、客席から一斉にブーイングが起きた。
ヒカリは意に介さず、話し続ける。
「今日は、皆さんにご報告したいことがあってきました。私、来年の東京オリンピックの開会式でライブをすることになったんです!」
ブーイングがいっそう激しくなる。
「だから何だよ!」
「んなこと聞きたかねえよ」
「いいから、レイナに歌わせて!」
「お前の歌なんか聞きたくないぞ」
「レイナー、歌ってー!!」
やがて、客席は「レイナ、レイナ」とレイナコールの大合唱になった。ヒカリの顔が引きつる。
ヒカリは立ち尽くしているレイナを睨んで、「あなたの出番はなくなったんだから、早く引っ込んでよ」と棘のある言葉を投げかける。ヒカリのバッグバンドもステージに出てきて、早く交代するように促す。
「いやいやいや、俺ら何も聞いてないから」
「何なんだよ、代わる気ないよ」
バックバンドのメンバーも抵抗する。
イベントのスタッフが次々とステージに出てきて、「すみません、状況が変わったんで」「ステージから降りてください」と説得する。
「とにかくとにかくとにかく、詳しいことは楽屋でお話しするので、今はステージから降りていただけますか?」
「いえ、こんなの納得できませんよ。訳が分からない。何か起きたなら、ファンの前で説明すべきでしょう」
ディレクターと裕が言い争っている。
レイナは客席を見る。ふと、最前列に、散策中に出会った少女達の姿を見つけた。何時間も前から来て場所を取っていたのだろう。二人とも泣きそうになっている。
「私、歌いたい」
レイナは強い声で言う。
「ここにいるみんなは、私の歌を聞きに来てくれたの。だから、私は歌いたい。ヒカリちゃんが終わってからでもいいから、歌いたい!」
ディレクターは、「いや、そういうわけには……」とうろたえている。
観客から「そうだー、レイナの歌を聞きに来たんだー」「ヒカリの歌じゃねえぞ」「早く引っ込め!」と、またもやヤジが飛ぶ。
「レイナもそう言ってることですし、2、3曲でもいいから歌わせてもらえませんか」
裕が頼むと、「いや、その」とディレクターは言葉に詰まる。そして、おもむろに土下座して、「すみませんっ、ステージから降りてください!」と懇願した。
レイナが茫然としていると、「レイナさん、こちらへ」と2人のスタッフに腕をつかまれた。
「おいっ、レイナに乱暴なことをするんじゃない!」
裕は声を荒げる。そのやりとりを見て、ヒカリは険しい表情になった。
「レイナ、行こう」
裕はスタッフを退けて、レイナの肩を抱く。
「どうして……? どうして歌っちゃいけないの?」
レイナは震えながら裕を見上げる。
「みんな、私の歌を聞きたいって言ってるよ?」
「僕にも分からない。とにかく、ここから降りよう」
笑里はたまらずにステージに走って出て来る。
「さあ、レイナちゃん、行きましょう」
レイナは歩くのもやっとという感じで、笑里に抱えられながら階段を下りる。ヒカリは憎悪のこもった目で、その後姿を見ていた。
「レイナ、行かないで~」
「行っちゃやだ~!」
「レイナ―、戻って来て!」
レイナを呼ぶ声が悲鳴のように聞こえる。泣き出すファンもいた。
ヒカリが「は~い、それでは、ここからは私のステージを始めまあす」と仕切りなおそうとする声も、かき消されてしまう。
客席で、誰かが足を踏み鳴らして抗議する。一気にそれが広まり、4万人の観客が足を踏み鳴らして一斉に抗議をする。その地響きはステージをも揺らした。
ヒカリは顔を真っ赤にして、歯ぎしりをする。