「どういうこと? なんで、この人たちは追い出されちゃうの?」
 レイナの言葉に、裕と笑里は黙り込む。
「なんで? 何が起きたの?」

 レポーターがゴミ捨て場から警官に連れ出される住人にマイクを向けている。
「今のお気持ちは?」
「はあ? んなことしゃべってる場合かよっ」
「あの、なぜこんなことが起きたんだと思われますか?」
「知らねーよ! レイナが来たからこんなことになったんだって、役所の連中は言ってたぞ?」
 レイナは息を止める。
 アミは「あー?」とレイナを見上げる。
「どういうこと……?」
 レイナはかすれた声で二人に聞く。
「なんで、私が行ったから、この人たちは追い出されちゃうの?」

 裕が説明する前に、テレビでゆりりんがつくった動画が流れる。
「何、これ。この人、この間、歌を聞きに来てた女の子? 私も先生も、こんなこと言ってないよ? この人はなんで、こんなウソを言ってるの?」
「レイナ、すまない。ちゃんと話すべきだった」
 裕はレイナに今までの経緯を説明した。
「どうやら、レイナや僕たちがしていることを気に入らない人がいるみたいなんだ。その人が、この女の子にわざとゴミ捨て場でもめさせたんじゃないかって思う」
「誰、その人。なんでそんなことをするの?」
「誰かは、はっきりとは分からない。なぜこんなことをするのかは、レイナのしていることが正しいからだ」
 裕はレイナの両肩に手を置く。レイナの目には涙が浮かんでいる。 

「レイナ、この世の中では、正しいことを行うのは難しいんだ。正しくないことをしている人は大勢いる。そういう人たちは、正しいことをしている人を陥れようとする。足を引っ張ろうとする。どんな手を使ってでもね。正しい人の心を粉々にして、正しくないほうに引きずり込もうとするんだ」

 そのとき、テレビでは「つまり、これはレイナがゴミ捨て場で許可を得ずにコンサートを開いたのがトラブルの発端ということですね」というコメントが流れた。
 スタジオにいるコメンテーターたちは、みな神妙な顔つきをしている。
「ゴミ捨て場の貧しい人を勇気づけたいという気持ちは分かるけど、やりすぎじゃ……」
「レイナが行かなかったら、このユーチューバーの女の子も見に行かなかったでしょうし」
「一般の人を入り込ませてしまう、ゴミ捨て場の管理体制も見直しが必要じゃないですか?」
「そもそも、ゴミ捨て場に人が住んでるってこと自体が危険ですよね」

 裕は、爪の跡がつくぐらいにこぶしを強く握りしめていた。

 ――片田が望んでいる方向に話が持って行かれてるじゃないか……。レイナをだしに使って、ゴミ捨て場の住人を追い出す方向に持って行くってことか。オリンピックのために。住人は野垂れ死にしてもいいとでも?

 歯ぎしりするような想いが込み上げる。
「どうしよう。みんな、ゴミ捨て場にいられなくなるの?」
 レイナはうろたえている。
「いや、レイナのせいじゃない。レイナは正しいことをしてるんだから。レイナはゴミ捨て場に住む人たちを元気づけようとしただけだ。それは悪いことだろうか?」
 レイナは大きく頭を振る。耐えきれず、茶色い瞳から涙が零れ落ちる。
「そうだね、全然悪いことじゃない。あの場で、あの女の子たちを注意したのは悪いことだろうか?」
「悪いことじゃない」
 レイナは涙を拭きながらも、強く言いきる。
「そうだね。だから、胸を張っていればいい」
「でも、みんな、住むところがなくなっちゃう。どうしよう……」
 レイナは震えている。

「マサさんたちが住んでる団地には、まだ空き部屋があったはずだ。そこに来てもらうことができるか、マサさんに相談してみよう」
「私が、行ったから、こんなことに……」
「レイナちゃん、大丈夫よ。何とかなるから。ね?」
 笑里がレイナを優しく抱きしめる。レイナは笑里の胸に顔をうずめて泣く。
「レイ……ナ……」
 アミも不安そうにレイナの服をつかんでいる。


「先生、そりゃあ、あいてる部屋に来てもらうのは、うちらとしては構わないけど、全員はムリだろう?」
 マサじいさんは掃除の手を止める。
 マサじいさんは平日は図書館で清掃のバイトをしているので、裕はそこに相談に来ていた。
「あいてるのは、確か5、6部屋ぐらいしかなかったはずだ。そこにいた住人全員に来てもらうのは、さすがにねえ」
「まあ、そうですね」
 裕はため息を漏らす。
「もう一棟、買えるかどうかを役所に相談してみるしかないか……」
 マサじいさんは、裕をじっと見る。

「でも、先生、キリがないんじゃないかな。やつらは、全国のゴミ捨て場で住人を排除するかもしれん。そしたら、いくら金持ちの先生でも、全員を引き受けるわけにはいかないでしょう」
「確かにそうなんですが」
 裕は壁に力なくもたれかかった。
 マサじいさんはしばらく掃除機をかけていたが、スイッチを止めて、裕に向き直る。

「レイナは、純粋な子だ。あんなにいい子は、めったにいない。だけど、街はレイナのような子には生きづらい場所だ。差別もされるし、平気で人を蹴落とすような輩がうじゃうじゃいる。楽しいことばかりじゃない。むしろつらいことが多いかもしれない。レイナはたぶん、これからも傷つけられるだろう。それでも、あなたたちは守りきれるのかな」

 裕は何も答えられない。
「レイナをゴミ捨て場に戻すという選択肢もある」
 マサじいさんの言葉に、裕はハッと顔を上げる。
「よくある話だ。街に出たけど、結局やっていけなくて、ゴミ捨て場に戻るってことは」
 
「それはあり得ません。美晴さんも、レイナはいつか街で暮らすべきなんだって言っていました。僕もそう思います。どんなにつらい現実が待ち構えているのだとしても、レイナは街で育つべきです。そのためなら、僕らはレイナを全力で守るという意思に変わりはありません」
 キッパリと言う。

「そうか。そこまでレイナのことを……」
 マサじいさんは何度もうなずく。
「それなら、俺たちもできる限りのことはしよう。なあに、一人であんなに広い部屋で住んでも、住み心地が悪くてね。みんなが二人一部屋になれば、そこの住人を全員迎えられるんじゃないかな」
「ありがとうございます!」
 裕は顔を輝かせて、何度も頭を下げた。