「ねえ、大変、大変! 変な動画がアップされてるの!」
アンソニーから電話がかかってきて、裕は初めて事態の深刻さを知った。
「若者に人気のユーチューバーが、ゴミ捨て場にレイナの歌を聞きに行って、ひどい目にあったって、ペラペラしゃべってんのよ。先生も出てるわよ?」
その動画は、すでに500万回も再生されている。
「ハーイ、るりりんです! 今日は、レイナのゴミ捨て場のコンサートに行ってみました!」
この間、ゴミ捨て場でもめた少女のうちの1人だ。
「レイナの歌に感動したとか、レイナやさしい~とか言ってる人、多いでしょ? でも、実際のレイナは、ちょ~怖かった!!」
そこで、レイナが「もう来ないでほしい」と言っている映像だけが、切り取られて流れる。
「これ、どうよ? 私たち、ゴミ捨て場までわざわざ見に行ったんだよ? あんな危険なところに、わざわざ見に行ったんだよ? でも、そんな私たちに、言った言葉が、これ」
「もう来ないでほしい」というレイナの映像が、繰り返し流される。
「ちょーひどいよね。ファンに対して言う言葉? それに、そこにいたおじさんも、こんなことを言ったんだから」
そこに、「レイナは来てほしいなんて言ってない。ここは本来なら、来る場所じゃないんだ」と言い放った裕の映像が入る。
「この人、レイナを育ててる人でしょ? 西園寺裕って人。ヒカリちゃんから乗り換えて、レイナにべったりくっついてる人。キモイよね~。それに、『本来なら来る場所じゃない』って自分で言っちゃてるじゃん。レイナたちって、ゴミ捨て場で勝手にコンサートやってるんでしょ? ホントは行っちゃいけない場所なのに。自分たちが迷惑なことしてんのに、うちらを怒るなんておかしくない?」
裕はタブレットを持つ手が震えるのを感じた。
「でさでさ、ゴミ捨て場のやつらって、こんな感じなんだよ」
そこで、住人が少女たちに靴を投げて抗議している映像が流れる。
「こんな凶暴な奴ら、ゴミ捨て場に放置してていいの? 街に出てきて暴れるかもよ? だから、駆除したほうがいいと思うの、こういうやつらは。ゴミ捨て場からいなくなってもらったほうがいいんじゃね? だから、るりりんはこの映像を市役所に送って、抗議しときましたあ」
それ以上は見るに堪えない。
「ひどい切り取り方だ。完全に発言の意図を捻じ曲げられてしまってる」
怒りのあまり、裕の声は震える。
「コメント欄を見ても、レイナを非難する声が圧倒的なのよ。レイナを擁護する声もあるにはあるけど。たぶん、これから大騒ぎになるんじゃない?」
「ああ……そうなるな」
裕はため息をついてソファに沈みこむ。
「ねえ、これ、もしかして、このるりりんって子、誰かに雇われたんじゃない?」
「そうだろうね。総理か、ヒカリのファンか……誰にしろ、まずいな」
「他に動画を撮ってた人はいないの?」
「確か、いないな。あの時は他のファンはいなかったから、この動画に反論できる材料がない。僕らが経緯を説明しても、言い訳のようにとられるだろうし」
「じゃあ、どうするの?」
「分からない。どうすればいいのか……とにかく、知らせてくれてありがとう。どうすればいいのか、考えてみる」
裕は電話を切る。
庭から、レイナとアミのはしゃぐ声が聞こえてくる。窓から外を見ると、森口と一緒に植木の水やりをしながら、水をかけあって遊んでいる。
「あの子を、どこまで守れるのか……」
裕はつぶやいた。
アンソニーのこれから大騒ぎになるという予想は当たった。
ネットではレイナ派とるりりん派に分かれて、動画やSNSで罵り合いが始まる。
テレビのワイドショーでもこの件が報じられるようになった。裕と笑里はレイナがこの騒動を見ないように気を配る。
ある朝、アミが登校前に天気を確認するため、何げなくテレビをつけた。今日はプールに入る日なのだ。
「あれ、この人たち、見たことある」
レイナは画面に釘付けになる。
それは、先日コンサートをしたゴミ捨て場の映像だった。
テロップには「市役所がゴミ捨て場の住人を強制排除」と出ている。レイナにはその文字は読めないが、何やらもめていることはすぐに分かった。
「どういうことだよ!?」
「ですから、そちらが一般市民に暴力行為を振るったという訴えがありまして。我が市では、ホームレスが暴力行為を働いた場合は強制排除できるという条例があるんです」
「そんなの知らねーよ」
「暴力なんて振るってないぞ? 誰がそんなこと言った?」
「とにかく、そういう訴えがあるので、ここからは出て行っていただきます」
「はあ? じゃあ、俺らはどこに行けばいいんだよ?」
「それは知りません。お好きなところに行けばいいじゃないですか」
「ふざけんな、行く場所がないから、ここに来たんじゃないか! あんたらは鬼か?」
役所の人間はどんなに罵声を浴びせられても眉根一つ動かさない。後ろに控えていた業者に合図を出すと、パワーショベルがバラック小屋の屋根をバリバリと壊す。悲鳴が上がる。
「よせっ、家の中には大切なものが置いてあるんだ!」
「家をつぶさないで!」
住人が担当者につかみかかる。それを周りで見ていた警察官が取り押さえようとする。現場はたちまち大混乱になった。
アンソニーから電話がかかってきて、裕は初めて事態の深刻さを知った。
「若者に人気のユーチューバーが、ゴミ捨て場にレイナの歌を聞きに行って、ひどい目にあったって、ペラペラしゃべってんのよ。先生も出てるわよ?」
その動画は、すでに500万回も再生されている。
「ハーイ、るりりんです! 今日は、レイナのゴミ捨て場のコンサートに行ってみました!」
この間、ゴミ捨て場でもめた少女のうちの1人だ。
「レイナの歌に感動したとか、レイナやさしい~とか言ってる人、多いでしょ? でも、実際のレイナは、ちょ~怖かった!!」
そこで、レイナが「もう来ないでほしい」と言っている映像だけが、切り取られて流れる。
「これ、どうよ? 私たち、ゴミ捨て場までわざわざ見に行ったんだよ? あんな危険なところに、わざわざ見に行ったんだよ? でも、そんな私たちに、言った言葉が、これ」
「もう来ないでほしい」というレイナの映像が、繰り返し流される。
「ちょーひどいよね。ファンに対して言う言葉? それに、そこにいたおじさんも、こんなことを言ったんだから」
そこに、「レイナは来てほしいなんて言ってない。ここは本来なら、来る場所じゃないんだ」と言い放った裕の映像が入る。
「この人、レイナを育ててる人でしょ? 西園寺裕って人。ヒカリちゃんから乗り換えて、レイナにべったりくっついてる人。キモイよね~。それに、『本来なら来る場所じゃない』って自分で言っちゃてるじゃん。レイナたちって、ゴミ捨て場で勝手にコンサートやってるんでしょ? ホントは行っちゃいけない場所なのに。自分たちが迷惑なことしてんのに、うちらを怒るなんておかしくない?」
裕はタブレットを持つ手が震えるのを感じた。
「でさでさ、ゴミ捨て場のやつらって、こんな感じなんだよ」
そこで、住人が少女たちに靴を投げて抗議している映像が流れる。
「こんな凶暴な奴ら、ゴミ捨て場に放置してていいの? 街に出てきて暴れるかもよ? だから、駆除したほうがいいと思うの、こういうやつらは。ゴミ捨て場からいなくなってもらったほうがいいんじゃね? だから、るりりんはこの映像を市役所に送って、抗議しときましたあ」
それ以上は見るに堪えない。
「ひどい切り取り方だ。完全に発言の意図を捻じ曲げられてしまってる」
怒りのあまり、裕の声は震える。
「コメント欄を見ても、レイナを非難する声が圧倒的なのよ。レイナを擁護する声もあるにはあるけど。たぶん、これから大騒ぎになるんじゃない?」
「ああ……そうなるな」
裕はため息をついてソファに沈みこむ。
「ねえ、これ、もしかして、このるりりんって子、誰かに雇われたんじゃない?」
「そうだろうね。総理か、ヒカリのファンか……誰にしろ、まずいな」
「他に動画を撮ってた人はいないの?」
「確か、いないな。あの時は他のファンはいなかったから、この動画に反論できる材料がない。僕らが経緯を説明しても、言い訳のようにとられるだろうし」
「じゃあ、どうするの?」
「分からない。どうすればいいのか……とにかく、知らせてくれてありがとう。どうすればいいのか、考えてみる」
裕は電話を切る。
庭から、レイナとアミのはしゃぐ声が聞こえてくる。窓から外を見ると、森口と一緒に植木の水やりをしながら、水をかけあって遊んでいる。
「あの子を、どこまで守れるのか……」
裕はつぶやいた。
アンソニーのこれから大騒ぎになるという予想は当たった。
ネットではレイナ派とるりりん派に分かれて、動画やSNSで罵り合いが始まる。
テレビのワイドショーでもこの件が報じられるようになった。裕と笑里はレイナがこの騒動を見ないように気を配る。
ある朝、アミが登校前に天気を確認するため、何げなくテレビをつけた。今日はプールに入る日なのだ。
「あれ、この人たち、見たことある」
レイナは画面に釘付けになる。
それは、先日コンサートをしたゴミ捨て場の映像だった。
テロップには「市役所がゴミ捨て場の住人を強制排除」と出ている。レイナにはその文字は読めないが、何やらもめていることはすぐに分かった。
「どういうことだよ!?」
「ですから、そちらが一般市民に暴力行為を振るったという訴えがありまして。我が市では、ホームレスが暴力行為を働いた場合は強制排除できるという条例があるんです」
「そんなの知らねーよ」
「暴力なんて振るってないぞ? 誰がそんなこと言った?」
「とにかく、そういう訴えがあるので、ここからは出て行っていただきます」
「はあ? じゃあ、俺らはどこに行けばいいんだよ?」
「それは知りません。お好きなところに行けばいいじゃないですか」
「ふざけんな、行く場所がないから、ここに来たんじゃないか! あんたらは鬼か?」
役所の人間はどんなに罵声を浴びせられても眉根一つ動かさない。後ろに控えていた業者に合図を出すと、パワーショベルがバラック小屋の屋根をバリバリと壊す。悲鳴が上がる。
「よせっ、家の中には大切なものが置いてあるんだ!」
「家をつぶさないで!」
住人が担当者につかみかかる。それを周りで見ていた警察官が取り押さえようとする。現場はたちまち大混乱になった。