ある日、風呂場にて――。

「さあ、背中を流せ。男なら出来るだろう?」

「……(ひえええっ……!)」

 まさか、彼の湯を流す係を賜ってしまったのだった。

(裸の男性の背を流すなんて、そんな……)

 他の宦官たちからは、「陛下の湯浴み係に選ばれるなんて、すごいな、新入り」と言われてしまう。

(もう覚悟を決めるしかない……!)

 そう決意して、湯気の中、彼の近くに寄って、桶で背を流した。

「おい、湯が冷めているぞ」

「ああ、ごめんなさい!」

 そう言って、また風呂から湯を汲んで、改めて彼の背を見た。

(あ……)

 彼の背中には夥しい数の傷があったのだった。

「怖いのか?」

 一際低い声で尋ねられ、少華はまじまじと見てしまったことを恥じた。

「いいえ、怖いなどとは……」

「お前の正直なところを俺は評価しているんだ。怖いなら隠す必要はない」

 彼女はすうっと深呼吸をする。

「怖くはありません。だけど――」

「だけど――?」

「痛そうだな、と……」

「……痛そう?」

「はい」

 しばらく返事がなかったが、しばらくすると――。

「古傷だから、痛くはない」

 それだけいうと、また静かになった。

(余計なことを言って怒らせてしまった?)

 ちょうど、その時――。

「きゃっ……」

 大理石につるりと滑って、裸の背にしがみついてしまった――!!

「お前というやつは……!」
「陛下、ごめんなさい……!」

 その時――。

(あ、これは……)

 少華の中に彼の過去の記憶が流れこんでくる。

 ――末の王子だと、毎日のように暗殺の機会をうかがわれ、親兄弟も信用できない中、大切な母を亡くし、孤独に耐え忍びながら、過ごしてきた彼の記憶が――。

 そんな中、一際気になる記憶が流れこんできた。

(まさか……陛下は……それに、お父様は……お父様の方こそが国家転覆を狙って……?)

 少華の唇が戦慄いた。

「おい、新入り、離れないか!」

「あ、ごめんなさい……!」

 そうして――彼の背から離れた。

 彼への期待と父への不安が入り混じりながら、その日の夜を迎えたのだった。