数日後、宦官のフリをした少華は、父の手引きもあって、無事に後宮に潜入することが出来ていた。
(残酷帝である青龍帝のせいで、東華国の未来が危ういのだという……)
青龍帝の世話係として仕えている間に、触れた対象の過去を視ることが出来る彼女の力がうまいこと発動すれば、彼の弱みを掴むことが出来るかもしれないのだ。
(そうすれば、嘘つき公主と言われて誰の役にも立てなかった私でも、お父様のお役に立てるかもしれない)
そんな風に決意を固めて後宮内に来たはずだったのに――。
「それで、どうだ――? 新人宦官よ。お前の持つ異能とやらで、俺の弱みとやらは掴めそうか?」
豪奢な椅子に座っている美青年が、ゆるりと椅子の肘掛けに肘をついて凭れた。
頭の上に被った冕冠がシャラリと音を立てると、長い青みがかった銀髪がさらりと流れる。
すっと通った鼻筋に、切れ長の青い瞳を縁取る銀糸のような睫毛、薄い唇のせいか、どことなく冷酷そうな雰囲気を漂わせていた。
ゆったりとした龍袍を纏った、この世のものとは思えない美貌の持ち主とは――。
「青龍帝……そのような御戯れ、滅相にございません」
すでに目論見がバレてしまっていることに気付かれないように、少華は頭を垂れて誤魔化そうとしていた。
けれども、どうしても襴衫の袖を合わせた下の手指がフルフルと震える。
そんな彼女の方へと、立ち上がった青龍帝が沓をカツカツと鳴らしながら近づいてきたかと思いきや、彼の流麗な指が強引に彼女の顎を掴んだ。
「頭を上げよ」
「あ……」
そうして、青龍帝は彼女のことを揶揄うようにまじまじと見つめた後、悠然と唇の端を持ち上げながら、こう告げた。
「宦官にも確かに幼き男はいるが――女が俺の世話係になるとはな……丞相の差し金だったか?」
「――っ……!」
挙句の果てに、少華が女性であることも青龍帝は気づいてしまっているではないか――!
(相手は残酷帝と評判のお方……お父様に迷惑をかけるわけにはいかない)
元より役立たずなこの命――。
少華が思い切って舌を噛んで死のうと、唇を一度大きく開けたところ――。
「待て」
「むぐっ……!」
勢いよく肉を噛んだ、が――正体は青龍帝の指だったのだ。
「――っ……!」
自害を止められてしまった上に、目の前の帝の指を傷付けてしまった。
動転しながらも、少華は自身の短衣を切り裂いて、彼の指に巻き付けて止血を施す。
「申し訳ございません」
すると――。
「今しがた、自害を図ろうとしていた上に、お前を殺そうとしてるかもしれない俺のことを助けるのか?」
少華はきっと顔を上げて、相手を真正面に見据えて告げる。
「それとこれとは別です。私のせいで誰かを傷付けるのは本意ではありません。それにケガをしているのであれば、手当てをするのは当然で――」
「私、か……」
青龍帝が少華の人称について指摘をしてきたため、彼女ははっと口を噤んだ。
(私ったら、なんて迂闊……)
すると、目の前の帝が嫣然と微笑んだ。
「――面白い」
「え?」
「面白いと言った――せっかくだ。殺さずに生かしておいた方が面白そうだ……後宮で思う存分、俺の弱みでも粗探しでも、好きにすれば良い――ただし――」
「ただし――?」
少華はゴクリと唾を飲み込んだ。
「勝手に死ぬのだけは許さない。お前が死ねば、金一族郎党皆殺しだ」
――青龍帝の黙認の下、彼の弱み探しを継続するという、不思議な状況に陥ったのだった。