「終わったな……」
あれから数ヶ月。
宋尚書や宋貴婿のしでかしたことは、余罪もひっくるめ全て明るみに出ることとなり、二人には死罪が言い渡された。なにしろ、皇帝の名を騙った罪もある。これでようやく、全てが終わったのだ。
怒濤のような毎日を過ごしていた翠蘭も、憂炎も、ほっと一息ついた――そんな日のことである。
憂炎は、久しぶりに翠蘭を自分の部屋へと招いていた。
「さて、なにはともあれ……これでおまえとの約束は守ったことになるな?今度はおまえが約束を果たす番だ」
憂炎の言葉に、翠蘭は少しむっとしたように唇を尖らせた。
「でもあれは、ほとんど宋尚書の自爆みたいなものじゃないですか」
「いいや、でもその後の裁きがスムーズに終わったのは、俺が証拠固めをしていたからだ」
確かに、彼の言うとおりではある。
今回、宋が焦って翠蘭をおびき寄せたこと。焦燥感を勝手に募らせていた翠蘭が動いてしまったことで、捕縛が早まりはしたが、遅かれ早かれ宋は捕まる運命にあったのだ。
そのために、憂炎が忙しくしていたことも分かっている翠蘭は、少しだけ目を伏せ、小さな声で言った。
「……じゃ、考えておくと言うことで……」
「はあ?そんなもの認められるか?そもそも、おまえは俺の『片翼』だ。それを認められたから、こうして元の姿にも戻れたんだろうが」
そう言う憂炎は、確かにいつもの女装姿ではない。実を言えば、翠蘭もいつもの男装ではなく、女性の衣装を身に着けていた。
すっかり馴染んだ男物の袍に比べ、動きづいらい事この上ない。だが、そんな翠蘭を見る憂炎の目つきが優しく、眩しそうですらあるから気分が良くなってしまう。
「それは、そうなんだけど……でも……」
「でももかかしもない。約束だろうが……!」
憂炎が焦ったようにそう言うのを、翠蘭はくすくすと笑いながら見ていた。
(全く、いつの間にそんな風に思ってくれていたのか……)
絶対に、ただ都合の良いだけの存在だと思っていたのに。片翼と呼んでくれる――いや、片翼という存在にしてくれるほど、自分のことを思ってくれていたとは。
朱雀の片翼というのは、建国神話に顕われる神獣のつがいのこと。そして、女性にのみ代々受け継がれてきた朱雀の徴が男子に顕われるのは、神獣朱雀の再来を意味する。
二人が揃ったことで、これから朱華国はますます発展するだろう――というのが、古い文献を研究している古老の言葉であった。
それが判明してから、憂炎がずっともの言いたげにしていたことも、それを今日決意を固めて口にしたのも――二人の間に芽生えた絆を通じて、伝わってきている。
(もしかすると、憂炎は緊張しすぎて気付いていないのかしら)
翠蘭だって、彼の事を特別に思っている。だから、彼の子を産む、ということもやぶさかではない。
けれど、それを直ぐに口にするのはなんだか照れくさいし――こうして、翠蘭のことを求めてくれる彼の姿を、もう少し見ていたい。
だが――どうやら、翠蘭よりも憂炎のほうが一枚上手であるようだ。
「なあ、翠蘭……」
ぞくり、と背筋にしびれが走るような甘い声音で、憂炎に名を呼ばれ、翠蘭は身体をびくりと跳ねさせた。はっと気付いたときには、もう彼の腕に囲われている。
耳元にかかる吐息の熱さと、抱きしめる腕の力強さ。それにくらくらしてしまい、心臓がどきどきと早鐘を打った。
「俺の子を、産め」
「ま、まっ……!」
耳元でそう囁かれて、翠蘭の顔に火が灯る。慌てて逃げだそうとしたが、力で彼に敵うわけもない。
真っ赤になった顔を見られたくない一心で、翠蘭は彼の胸元に顔を埋めると――こくり、と小さく頷いたのだった。
あれから数ヶ月。
宋尚書や宋貴婿のしでかしたことは、余罪もひっくるめ全て明るみに出ることとなり、二人には死罪が言い渡された。なにしろ、皇帝の名を騙った罪もある。これでようやく、全てが終わったのだ。
怒濤のような毎日を過ごしていた翠蘭も、憂炎も、ほっと一息ついた――そんな日のことである。
憂炎は、久しぶりに翠蘭を自分の部屋へと招いていた。
「さて、なにはともあれ……これでおまえとの約束は守ったことになるな?今度はおまえが約束を果たす番だ」
憂炎の言葉に、翠蘭は少しむっとしたように唇を尖らせた。
「でもあれは、ほとんど宋尚書の自爆みたいなものじゃないですか」
「いいや、でもその後の裁きがスムーズに終わったのは、俺が証拠固めをしていたからだ」
確かに、彼の言うとおりではある。
今回、宋が焦って翠蘭をおびき寄せたこと。焦燥感を勝手に募らせていた翠蘭が動いてしまったことで、捕縛が早まりはしたが、遅かれ早かれ宋は捕まる運命にあったのだ。
そのために、憂炎が忙しくしていたことも分かっている翠蘭は、少しだけ目を伏せ、小さな声で言った。
「……じゃ、考えておくと言うことで……」
「はあ?そんなもの認められるか?そもそも、おまえは俺の『片翼』だ。それを認められたから、こうして元の姿にも戻れたんだろうが」
そう言う憂炎は、確かにいつもの女装姿ではない。実を言えば、翠蘭もいつもの男装ではなく、女性の衣装を身に着けていた。
すっかり馴染んだ男物の袍に比べ、動きづいらい事この上ない。だが、そんな翠蘭を見る憂炎の目つきが優しく、眩しそうですらあるから気分が良くなってしまう。
「それは、そうなんだけど……でも……」
「でももかかしもない。約束だろうが……!」
憂炎が焦ったようにそう言うのを、翠蘭はくすくすと笑いながら見ていた。
(全く、いつの間にそんな風に思ってくれていたのか……)
絶対に、ただ都合の良いだけの存在だと思っていたのに。片翼と呼んでくれる――いや、片翼という存在にしてくれるほど、自分のことを思ってくれていたとは。
朱雀の片翼というのは、建国神話に顕われる神獣のつがいのこと。そして、女性にのみ代々受け継がれてきた朱雀の徴が男子に顕われるのは、神獣朱雀の再来を意味する。
二人が揃ったことで、これから朱華国はますます発展するだろう――というのが、古い文献を研究している古老の言葉であった。
それが判明してから、憂炎がずっともの言いたげにしていたことも、それを今日決意を固めて口にしたのも――二人の間に芽生えた絆を通じて、伝わってきている。
(もしかすると、憂炎は緊張しすぎて気付いていないのかしら)
翠蘭だって、彼の事を特別に思っている。だから、彼の子を産む、ということもやぶさかではない。
けれど、それを直ぐに口にするのはなんだか照れくさいし――こうして、翠蘭のことを求めてくれる彼の姿を、もう少し見ていたい。
だが――どうやら、翠蘭よりも憂炎のほうが一枚上手であるようだ。
「なあ、翠蘭……」
ぞくり、と背筋にしびれが走るような甘い声音で、憂炎に名を呼ばれ、翠蘭は身体をびくりと跳ねさせた。はっと気付いたときには、もう彼の腕に囲われている。
耳元にかかる吐息の熱さと、抱きしめる腕の力強さ。それにくらくらしてしまい、心臓がどきどきと早鐘を打った。
「俺の子を、産め」
「ま、まっ……!」
耳元でそう囁かれて、翠蘭の顔に火が灯る。慌てて逃げだそうとしたが、力で彼に敵うわけもない。
真っ赤になった顔を見られたくない一心で、翠蘭は彼の胸元に顔を埋めると――こくり、と小さく頷いたのだった。