「うん?」

領地内の山を異変がないか確認しながら歩いて一時間ほど経った頃、急に側近の語調が険しくなった。

「何者か、おります」

「――」

弾かれたように、冬芽は神経を研ぎ澄ませた。

冬芽はだだっ広い領地全体に張っている結界の要なので、常に意識が広く浅く向いていて、小さな場所への異変には周囲にだけ警戒を向けていればよい側近の方が早く気づける。

「……人間?」
 
側近がつぶやく。

気配が――霊力の波動が、鬼や妖異ではない。

桃子は霊体だったが、そのときとは感じが違う。

生きた人間のようだ。

「冬芽様、ここでお待ちください。私が様子を見てまいります」

「だが――」

「冬芽様。……ここはお聞き入れください」

側近は視線を冬芽から外さず、険をにじませる。

冬芽は軽く息をついた。

「……わかった。異変があるようならすぐ駆けつけるからな」

「は」

桃子という人間の霊体に恋して引きずっている冬芽を、これ以上人間に関わらせたくない側近の気持ちもわかる。

前科があるだけに、冬芽は強く出られなかった。

すぐに姿の見えなくなった側近の傍へ意識を寄せる。

それだけでは何があったかまでは把握出来ないが、危険なものが立ち入っていたらわかるだろう。

――側近の傍に何かが立つ気配がして、冬芽は駆けだした。