十五分ほど歩いたところで、ふいに視界が開けた。
目の前に、どこまでも続く水平線が広がる。果ての見えない青に、一瞬、呼吸を忘れた。写真やテレビで見るよりずっと、ずっと濃い青だった。目眩がするぐらいに。
「どうですか。はじめての海は」
「……うん。すごい」
なんだかちっとも言葉が浮かばなくて、呆けたような声でそれだけ呟く。
そんなわたしに卓くんは優しく笑って、「もっと近くまで行こう」と言った。
砂浜には、たくさんの人がいた。観光客が多そうだったけれど、地元の人もけっこういるみたいだった。裸足になって波打ち際を歩いている人や、犬の散歩をしている人。遠くのほうではサーフィンをしている人もいる。
わたしたちも波打ち際のほうまで行こうと、手をつないだまま歩き出す。そうして一歩、砂の上に足を踏み出したときだった。
靴底に感じた砂のやわらかな感触に、ぶわっと全身の細胞が粟立った。
お腹の底から熱いものが込み上げてきて、息が詰まる。
息を吸うと、駅よりもずっと濃い潮の匂いが、鼻腔を満たした。
――ああ、柚島だ。
今更、噛みしめるように実感する。水平線へ視線を飛ばし、眩しさに目を細める。
わたし、柚島に来たんだ。
あの日行けなかった、柚島に。
「……ずっと、行けるわけないって思ってた」
いっきに喉元まで水位を上げた感情に押されるよう、声がこぼれる。鼻の奥がつんとする。
「わたしにはぜったい行けない場所なんだって。どうしたって、手なんて届かないって、ずっと」
「そんな場所、ないよ」
ふいに穏やかな声で卓くんが言って、わたしは彼のほうを見た。
卓くんはわたしと同じように目を細めて、海の向こうへ視線を飛ばしながら、
「ぜったいに行けない場所なんて、ない。七海も、どこへだって行けるよ」
そうだった。
卓くんの言葉がまっすぐに温かく胸に染み入るのを感じながら、わたしは思う。
――いつだって卓くんは、わたしに、それを教えてくれた。
「だからこれから、いっしょにいろんなところに行こう。また、行きたい場所見つけてさ」
「……うん」
わたしはまた、海のほうへ目を向けた。果てのない青を目に焼きつけるように眺めながら、よかった、と心の底から思う。この人と、柚島に来られてよかった。
「卓くん」
「うん?」
「ありがとう」
いろいろ、と続けかけた言葉を、思い直して呑み込む。そうして代わりに、すっと短く息を吸ってから、
「……わたしを、信じてくれて」
つないだ手にそっと力を込める。
ぼんやりと瞼の裏が熱くなったけれど、すぐにその熱は、吹きつけた潮風に連れ去られた。そうして、あとには優しいだけの温かさが残った。
目の前に、どこまでも続く水平線が広がる。果ての見えない青に、一瞬、呼吸を忘れた。写真やテレビで見るよりずっと、ずっと濃い青だった。目眩がするぐらいに。
「どうですか。はじめての海は」
「……うん。すごい」
なんだかちっとも言葉が浮かばなくて、呆けたような声でそれだけ呟く。
そんなわたしに卓くんは優しく笑って、「もっと近くまで行こう」と言った。
砂浜には、たくさんの人がいた。観光客が多そうだったけれど、地元の人もけっこういるみたいだった。裸足になって波打ち際を歩いている人や、犬の散歩をしている人。遠くのほうではサーフィンをしている人もいる。
わたしたちも波打ち際のほうまで行こうと、手をつないだまま歩き出す。そうして一歩、砂の上に足を踏み出したときだった。
靴底に感じた砂のやわらかな感触に、ぶわっと全身の細胞が粟立った。
お腹の底から熱いものが込み上げてきて、息が詰まる。
息を吸うと、駅よりもずっと濃い潮の匂いが、鼻腔を満たした。
――ああ、柚島だ。
今更、噛みしめるように実感する。水平線へ視線を飛ばし、眩しさに目を細める。
わたし、柚島に来たんだ。
あの日行けなかった、柚島に。
「……ずっと、行けるわけないって思ってた」
いっきに喉元まで水位を上げた感情に押されるよう、声がこぼれる。鼻の奥がつんとする。
「わたしにはぜったい行けない場所なんだって。どうしたって、手なんて届かないって、ずっと」
「そんな場所、ないよ」
ふいに穏やかな声で卓くんが言って、わたしは彼のほうを見た。
卓くんはわたしと同じように目を細めて、海の向こうへ視線を飛ばしながら、
「ぜったいに行けない場所なんて、ない。七海も、どこへだって行けるよ」
そうだった。
卓くんの言葉がまっすぐに温かく胸に染み入るのを感じながら、わたしは思う。
――いつだって卓くんは、わたしに、それを教えてくれた。
「だからこれから、いっしょにいろんなところに行こう。また、行きたい場所見つけてさ」
「……うん」
わたしはまた、海のほうへ目を向けた。果てのない青を目に焼きつけるように眺めながら、よかった、と心の底から思う。この人と、柚島に来られてよかった。
「卓くん」
「うん?」
「ありがとう」
いろいろ、と続けかけた言葉を、思い直して呑み込む。そうして代わりに、すっと短く息を吸ってから、
「……わたしを、信じてくれて」
つないだ手にそっと力を込める。
ぼんやりと瞼の裏が熱くなったけれど、すぐにその熱は、吹きつけた潮風に連れ去られた。そうして、あとには優しいだけの温かさが残った。