そうして始まったその年の夏休みは、今までの夏休みとはぜんぜん違った。
 生徒会の活動があるといっても週に二日ほどだったけれど、その日を指折り楽しみに待っている時間すら、毎日楽しかった。
 夏休みは平日と違って早い時間に集まるので、活動終わりにみんなで残っておしゃべりをする日もあった。地域のボランティア活動に参加したあと、何人かでファミレスに行ってご飯を食べたりもした。

「なんか、すごいなあ」
 友達と外でご飯を食べるなんて、わたしにははじめての経験だった。
 そのことについ感慨深くなって、ドリンクバーでゆずジンジャーを注ぎながら、わたしがしみじみと呟いてしまうと、
「なにが? ドリンクバーが?」
 ちょうど横にいた樋渡くんが、おかしそうに訊き返してきた。
「あ、や、ドリンクバーじゃなくて」変な呟きをしてしまったことに、わたしはおくれて恥ずかしくながら、
「こんなふうに、自分が友達とファミレスに来てるのが。なんか、すごいなあって」
「今まで来たことなかったの?」
「うん、学校の友達とは」
 実はずっと、ひそかに憧れていた。かんちゃんからよく、部活終わりにみんなでファミレスやファストフード店に行ったという話を聞いていたから。なんとなく部活生の特権という感じがして、わたしにはきっと一生経験できないことなのだろうとも、ぼんやり思っていた。
「たぶんこれからいっぱいあるよ、こういう機会」
「ほんと?」
「うん。生徒会、わりと休みの日にも活動多いし」
「わ……やったあ」
 思わず弾んだ声を漏らしたわたしに、樋渡くんが笑う。そうしてウーロン茶を注いだコップを手に、テーブルのほうへ戻っていった。
 少しおくれてわたしもゆずジンジャーを注ぎ終えたので、踵を返そうとしたとき、

「――え、七海?」
 ふいに聞きなれた声に名前を呼ばれた。
 驚いて振り向くと、かんちゃんがいた。
 今しがた入店したところらしく、学校指定のジャージ姿で、肩には部活用のビニールバッグを提げている。隣には同じ格好の男子生徒もふたりいて、サッカー部の人たちだとわかった。
「あ……か、かんちゃん」
「なにしてんの、なんで制服?」
「あ、えっと、今日生徒会の活動だったから、それで」
 思いがけない遭遇にちょっと動揺してしまいながら、ぎくしゃくと生徒会のみんなが集まるテーブルのほうを指さす。するとかんちゃんはそちらへ目をやり、ああ、と納得したように低く呟いてから、
「生徒会のやつらで来てんのか」
「う、うん。活動終わりに、みんなでご飯食べようって」
「休日の活動も参加してんだな」
 ぼそっと呟かれた言葉に、なぜかバツが悪くなって、うん、と頷く声が小さくなる。
 べつに悪いことをしているわけではないのに。生徒会に入ることをかんちゃんに報告したとき、いっぱい休むつもりだと告げて安心させたことを、思い出してしまって。

「かんちゃんも部活だったの?」
 なんとなく気まずくなった空気を散らしたくて、わたしはへらりと笑って話題を変えてみる。だけど、「うん」と短く頷いたかんちゃんは、まだ生徒会のみんなが集まるテーブルのほうへ視線を向けていた。
「今のって」そうしてどこか硬い表情のまま、ぼそりと口を開くと、
「誰?」
「え?」
「今さっき、七海が話してたやつ」
 樋渡くんのこと?
 訊き返そうとしたとき、「土屋―」と奥のテーブルからかんちゃんを呼ぶ声がした。そこで会話は途切れた。声のしたほうへ目をやったかんちゃんは、短くそちらに応えてから、
「……いや、いいや。あんまり遅くならないように帰れよ」
 それだけ告げて、テーブルのほうへ歩いていった。
 思えば生徒会の活動中にかんちゃんと会ったのは、それがはじめてだった。
 そのせいか妙に動揺が収まらないまま、わたしはしばしその場でかんちゃんの背中を見送っていた。樋渡くんのことを訊きかけたかんちゃんの表情が、やけに冷たく見えたことに、今更気づきながら。

 はじめてのみんなと行ったファミレスに興奮してしまったのか、その日の夜は久しぶりに熱が出た。だけどあいかわらず、そういうときの熱はぜんぜん苦しくなかった。布団の中で、その日の出来事を繰り返し思い出してにやけていた。
 樋渡くんの食べていたドリアをおいしそうと言ったら、ひとくちくれたこと。今人気のゆるキャラの話題になったとき、『あれなんとなく椎野さんに似てるよね』と樋渡くんが言って、それを聞いた隣の子に『あー、かわいいからねえ』なんてからかうように返された彼が、ちょっと焦った顔をしていたこと。

 生徒会に入り、いっしょに過ごす時間が増えてから、今まで知らなかった樋渡くんの一面を見る機会が増えた。
 クラスではどちらかというと控えめな印象だったけれど、意外と先輩にも物おじせず意見を言うような大胆さがあったり。ときどき友達と子どもっぽい顔で大笑いしていたり。
 そして彼のそんな姿を見るたび、内側から叩かれるみたいに胸が音を立て、喉の奥がつんと甘くなる。ぜんぶ目に焼きつけて、保存しておきたくなる。