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かんちゃん――土屋幹太くんは、わたしの幼なじみだった。
いつからいっしょにいるのかなんて覚えていない。家が近くて、親同士の仲が良くて、気づいたときには、わたしとかんちゃんは友達だった。
保育園でも、わたしはほとんどかんちゃんとばかり遊んでいた。
その頃からわたしは身体が弱くて、外で遊んだりするとそれだけですぐに熱を出すような子どもだった。そのせいで保育園は休みがちだったし、登園できたとしても外で遊ぶことは禁じられていた。だからいつも、みんなが外にいる時間も、室内で絵を描いたり折り紙をしたりしていた。
それでも寂しい思いをした記憶がないのは、そういうとき、いつもかんちゃんがいっしょにいてくれたから。
かんちゃんもわたしと同じように身体が弱かったとか、決してそんなわけではない。むしろ彼はわたしとは正反対の、元気で活発な男の子だった。運動神経も良かったし、きっとお絵描きや折り紙より、外で身体を動かすほうがずっと好きだったはずだ。
だけどそれでも、かんちゃんは、わたしといっしょにお絵描きをしてくれた。
「うみって、どんなんかなあ」
海の絵を描くわたしの隣で、同じように青いクレヨンを走らせながら、かんちゃんが言う。
お泊り保育の、一週間ぐらい前の日だった。
その頃のわたしは、海の絵ばかり描いていた。だからたぶん、かんちゃんも合わせてくれていたのだろう。
お泊り保育の行き先が、柚島という海の近くの街だと知ってから、わたしは楽しみでたまらなかった。
わたしの家は海から遠い。だから海には、まだ一度も行ったことがなかった。だけど自分の名前に海が入っていること、理由はお母さんが海が大好きだからだということは知っていて、それを知ったときから、わたしにとって海は特別だった。
「すっごくおっきくてね、きれいなんだって。ゆずしまに行ったら、みんなでうみで遊ぶんだって。先生が言ってたよ」
「ふうん」
もうすぐはじめての海へ行けることがうれしくて、その頃のわたしは浮かれていた。
浮き立った調子でしゃべりつづけるわたしに、かんちゃんがちょっと気のない相槌を打つ。ちらっと、外で遊ぶみんなのほうへ目をやりながら。変なセミがいた、と騒ぐ声が、外からかすかに聞こえていた。
だけどそのときのわたしは気づかなかった。
「ゆずしまに行ったら」自由帳を青く塗りつぶしながら、わたしは弾んだ声で続ける。
「かんちゃん、いっしょにうみで遊ぼうね」
「うん、いいよ」
「やくそく!」
それは、わたしにとってごく当たり前のことだった。今こうして、お絵描きをしているように。柚島へ行っても、かんちゃんといっしょに遊ぶこと。そのときのわたしは、一抹の不安もなく、そんな未来を描いていた。
だから、約束した。頷いてくれたかんちゃんと小指を絡め、ゆびきりげんまん、と歌った。
そのときはまだ、信じていたんだ。
これからもずっと、こんなふうに、かんちゃんといっしょにいられること。いっしょにいろんなところへ行って、いろんなことをして、そんなふうに、いっしょに生きていけるって。これからもずっと、それがわたしたちの”当たり前”なんだって、なんの疑いもなく、無頓着に。