あの瞬間、僕の世界はひっくり返ったんだ。
長い間暮らしてきた大好きな海を、生まれて初めて、本気で出ようと思った。
この衝撃と共にいられるのなら、どこにだって行けるし、何にでもなれる。

「僕は本当に、奏が好きなんだよ」

 そう言ったのに、長い髪の女の子は眉間にしわを寄せ、岸田くんは盛大に白く息を吐き出した。

「だってよ奏」
「つーか、答えになってないし」
「どうすんの、コイツ」
「私にそんなこと聞かれても困る」

 岸田くんと黄色い長い髪の女の子につつかれて、奏はスッと一歩前に進み出る。
僕と同じ真っ黒いくるくるした髪と目で、真っ直ぐに僕を見つめた。

「私は宮野くんのこと知らないし、今日初めて会ったばっかりで全然どんな人か分かんないし。悪いけど、正直ちょっと迷惑してる」
「それは今から、仲良くなるから大丈夫」

 僕は外灯に照らされたくるくるした短い黒い髪を、指に巻いて引っ張ってみたいのをずっと我慢してる。

「奏は僕と、仲良しにはなってくれないの?」

 今日一日はなんか何にも出来なかったけど、明日からはもう大丈夫。
今日は奏に会えただけでよかったんだ。
僕たちはこれからお互いを好きになる。
それなのに彼女は、首に長いふわふわしたものを巻き付けたまま、困ったようにうつむいた。

「そ、それは大丈夫だと思う。仲良くはするよ」
「ふふ。じゃあよかった。これからよろしくね」

 奏はかわいい。
なんかずっと彼女が顔を真っ赤にしてもじもじしてるのを、いつまでも見ていたい。

「ねぇ、もう帰ろう?」

 黄色い長い髪の子は、うんざりした様子で岸田くんの袖を引いた。

「ねぇ岸田くん。悪いけど、奏と一緒に駅まで行ってくれる?」
「いいよ。どうせ俺もそっちだし」

 岸田くんが歩き出すと、奏ともう一人の子も歩き出す。
校門まではついていったけど、僕の家とは方向が違うみたいだ。
残念。

「じゃあまた明日! 学校でね!」

 本当はずっと一緒にいたいけど、さすがにそれは無理だよね。
だけどまた明日も学校で会える仕組みなのは、とても便利だ。
広い海の中みたいに、探しにいかなくてもいいから。

 僕は精一杯の笑顔で、大きく手を振った。
三人はちらりとこちらを振り返っただけで、そのまま明るく照らされた道を行ってしまう。
人間は目もあまりよくないっていう話しだから、見えなかったのかな。
もう外は真っ暗だし。
僕はまだこの世界のことも、人間のことも分かってないんだから、仕方がない。
まだ始まったばかりだ。
僕は彼らの姿が見えなくなるまでそこで見送ると、与えられた陸の家に戻った。