「そうじゃないなら、邪魔だから出てってくんない?」
「僕は、奏を待ってるだけだから」
「かなでぇー!」
突然その男は大きな声をあげると、僕の大切な奏の名前を呼びつけた。
彼女はぱっと顔を上げると、やっぱりその場で大きな声を出す。
「宮野くん。見学じゃないなら、帰って!」
彼女が離れて見てろって言うから、遠くから離れて見ていたのに、奏までそんなことを言う。この男の子が邪魔するなら、僕は負けない。
「僕は奏の用事が終わるのを待ってるんだけど」
「はぁ? 知らねぇよ。見学か帰るかどっちかにしろ」
「じゃあ、けんがくする」
「あぁそう。どうでもいいけど、じゃあここに名前書いてくれる? 見学なら見学にまる、体験入部するなら、それも書いて」
そう言われ、彼から紙とペンを渡される。
「入部する気がないなら、本気で邪魔だからどっか行って」
そう言うと背の高い彼は、チッと舌打ちすると僕から切れ長の目を反らす。
黄色い長い髪の女の子が、慌てて駆け寄って来た。
彼女はその男の子の紅藻色の服の袖をぐいと引っ張る。
「ねぇ、ちょっと! いいの、そんなことして」
「仕方ねぇだろ。どうやって追い出すんだ?」
「だって!」
なんだか2人で揉めているけど、彼らの言うことは間違っている。
「僕はここから動かないよ。追い出されもしないし、自分の意志でここにいる」
そう言うと、黄色い長い髪の女の子は、茶色いサラサラした髪の男の子の後ろに隠れた。
彼は自分の髪と同じくらい茶色い目で僕に言う。
「あっそ。じゃあ、どうすんだよ。このままうちに入部する気?」
「これに名前を書けば、ずっとここにいていいの?」
渡された板の上の紙切れを見る。
自分の名前を書くのは、たくさん練習した。
まだ字を書くのには、あんまり慣れてないけど。
奏と一緒にいることを認めてもらえるっていうのなら、僕に迷いはない。
その質のあまりよくない紙の上に、一生懸命練習した名前を書く。
丁寧に書いたつもりだったけど、ちょっとガタガタになっちゃった。
それでもだいぶ、上手く書けたと思う。
茶色い髪の背の高い男の子に、その紙を挟んだ板とペンを渡すと、とてもムスッとした表情で受け取ってくれた。
奏もずっとそんな感じだから、きっと人間にはこれが普通なんだろう。
いつもにこにこしている人魚と違うのは、きっと習慣みたいなものだから仕方がない。
「見学? 体験入部?」
完全に怒っているような声で、茶色いサラサラした髪の男の子は言った。
とても感じはよくない。
だからきっと、人魚の仲間は人間なんてやめとけって言うんだろうな。
「奏は、ここの仲間なの?」
遠くにいるままの彼女は、背中を合わせたもう一人の女の子を背に乗せて担いだまま、ちらりとこっちを見た。
「奏は女子水泳部の部長で、男子の部長は俺だ」
「奏がいるなら、一緒になる」
「へー。そうなんだ。ワケ分かんねぇし知らねぇけど、分かった」
彼はその紙に、何かを付け加えた。
「じゃとりあえず、仮入部ってことで。お前、あいつにちょっとでも変なことしたら、俺が許さねぇからな。それだけは覚えとけ」
すぐにその紙を、板ごと隣にいた長い髪の女の子に渡す。
「男子更衣室はこっちだ。中に入って早く着替えろ」
「着替え? 着替えって、みんなが着てるこれのこと? 持ってないよ」
「じゃあ部のやつを貸してやるから、来い」
彼に連れられて、奏の入った部屋とは違う隣の部屋に入る。
コンクリートの壁がむき出しの、冷たくて暗い部屋だ。
ここは陸の上だけど、この部屋は海の中の洞窟みたいで、ちょっと落ち着く。
ただ立ちこめる臭いは最悪だけど。
「サイズ違いは気にすんな」
「みんなこの、同じ色で同じ格好の服を持ってるの?」
「あ? あぁ。そうだよ」
みんなと同じ紅藻色の服を渡されて、僕はちょっと困惑している。
だけど、同じ種類の魚がみんなほぼ同じ模様をしているように、人間は同じ服を着ることで仲間になるんだと自分を納得させる。
着替え……るのは、上手になってるけど、裸はあんまり見られたくないな。
生まれ変わったばかりの僕は、間違いなく全身人間のはずだけど、人間から見てもちゃんと人間になれているだろうか。
一緒に入ってきた彼は、じっと僕の体を見ている。
「なに? どうかした? なんかヘン?」
完璧な人間になっているはずだけど、そんなにまじまじと見られると、ちょっと緊張する。
シャツのボタンをぎこちない手で一つ一つ外して、それを脱ぎ捨てる。
人魚だった時は平気だったのに、今は素肌を見られるのは恥ずかしい。
「いや、別に」
彼はようやく目をそらすと、鼻の下をごしごしとこすった。
「泳ぎは得意なの?」
「うん。速いよ」
それはもう、人間となんて、比べものにならないくらい。
「そっか。そりゃ楽しみだな」
そう言うと、彼は僕の足元を指差した。
「おい。服くらい、ちょっとはたたんでから椅子の上に置いとけ。俺とペアで筋トレやるぞ」
出て行く彼の背中を、慌てて追いかける。
なんだかよく分からないけど、ここでは彼の言うことを聞いていればいいみたい。
ようやく外に出て解放された僕は、奏に駆け寄る。
「おい。お前はそっちじゃねぇよ」
「え、なんで? これから奏と一緒に出かける予定なんだけど」
「出かけねぇよ。お前は俺とここで筋トレだっつってんだろ」
せっかく奏を追いかけて来たのに、ここでもまた別々にされた。
人間というのは、男と女で別々に動くらしい。
隙をみて彼女のそばに行こうとすると、茶色の彼に怒られるし、その彼の命令で全員が走らされたり、腕立て伏せとかいうのをさせられたり、全く納得がいかない。
「もう飽きた! 僕はこんなことをするためにここに来たんじゃない!」
「お前、どんだけ体力ないんだよ。よくそんなんで今まで生きてこれたな」
「僕は、奏を待ってるだけだから」
「かなでぇー!」
突然その男は大きな声をあげると、僕の大切な奏の名前を呼びつけた。
彼女はぱっと顔を上げると、やっぱりその場で大きな声を出す。
「宮野くん。見学じゃないなら、帰って!」
彼女が離れて見てろって言うから、遠くから離れて見ていたのに、奏までそんなことを言う。この男の子が邪魔するなら、僕は負けない。
「僕は奏の用事が終わるのを待ってるんだけど」
「はぁ? 知らねぇよ。見学か帰るかどっちかにしろ」
「じゃあ、けんがくする」
「あぁそう。どうでもいいけど、じゃあここに名前書いてくれる? 見学なら見学にまる、体験入部するなら、それも書いて」
そう言われ、彼から紙とペンを渡される。
「入部する気がないなら、本気で邪魔だからどっか行って」
そう言うと背の高い彼は、チッと舌打ちすると僕から切れ長の目を反らす。
黄色い長い髪の女の子が、慌てて駆け寄って来た。
彼女はその男の子の紅藻色の服の袖をぐいと引っ張る。
「ねぇ、ちょっと! いいの、そんなことして」
「仕方ねぇだろ。どうやって追い出すんだ?」
「だって!」
なんだか2人で揉めているけど、彼らの言うことは間違っている。
「僕はここから動かないよ。追い出されもしないし、自分の意志でここにいる」
そう言うと、黄色い長い髪の女の子は、茶色いサラサラした髪の男の子の後ろに隠れた。
彼は自分の髪と同じくらい茶色い目で僕に言う。
「あっそ。じゃあ、どうすんだよ。このままうちに入部する気?」
「これに名前を書けば、ずっとここにいていいの?」
渡された板の上の紙切れを見る。
自分の名前を書くのは、たくさん練習した。
まだ字を書くのには、あんまり慣れてないけど。
奏と一緒にいることを認めてもらえるっていうのなら、僕に迷いはない。
その質のあまりよくない紙の上に、一生懸命練習した名前を書く。
丁寧に書いたつもりだったけど、ちょっとガタガタになっちゃった。
それでもだいぶ、上手く書けたと思う。
茶色い髪の背の高い男の子に、その紙を挟んだ板とペンを渡すと、とてもムスッとした表情で受け取ってくれた。
奏もずっとそんな感じだから、きっと人間にはこれが普通なんだろう。
いつもにこにこしている人魚と違うのは、きっと習慣みたいなものだから仕方がない。
「見学? 体験入部?」
完全に怒っているような声で、茶色いサラサラした髪の男の子は言った。
とても感じはよくない。
だからきっと、人魚の仲間は人間なんてやめとけって言うんだろうな。
「奏は、ここの仲間なの?」
遠くにいるままの彼女は、背中を合わせたもう一人の女の子を背に乗せて担いだまま、ちらりとこっちを見た。
「奏は女子水泳部の部長で、男子の部長は俺だ」
「奏がいるなら、一緒になる」
「へー。そうなんだ。ワケ分かんねぇし知らねぇけど、分かった」
彼はその紙に、何かを付け加えた。
「じゃとりあえず、仮入部ってことで。お前、あいつにちょっとでも変なことしたら、俺が許さねぇからな。それだけは覚えとけ」
すぐにその紙を、板ごと隣にいた長い髪の女の子に渡す。
「男子更衣室はこっちだ。中に入って早く着替えろ」
「着替え? 着替えって、みんなが着てるこれのこと? 持ってないよ」
「じゃあ部のやつを貸してやるから、来い」
彼に連れられて、奏の入った部屋とは違う隣の部屋に入る。
コンクリートの壁がむき出しの、冷たくて暗い部屋だ。
ここは陸の上だけど、この部屋は海の中の洞窟みたいで、ちょっと落ち着く。
ただ立ちこめる臭いは最悪だけど。
「サイズ違いは気にすんな」
「みんなこの、同じ色で同じ格好の服を持ってるの?」
「あ? あぁ。そうだよ」
みんなと同じ紅藻色の服を渡されて、僕はちょっと困惑している。
だけど、同じ種類の魚がみんなほぼ同じ模様をしているように、人間は同じ服を着ることで仲間になるんだと自分を納得させる。
着替え……るのは、上手になってるけど、裸はあんまり見られたくないな。
生まれ変わったばかりの僕は、間違いなく全身人間のはずだけど、人間から見てもちゃんと人間になれているだろうか。
一緒に入ってきた彼は、じっと僕の体を見ている。
「なに? どうかした? なんかヘン?」
完璧な人間になっているはずだけど、そんなにまじまじと見られると、ちょっと緊張する。
シャツのボタンをぎこちない手で一つ一つ外して、それを脱ぎ捨てる。
人魚だった時は平気だったのに、今は素肌を見られるのは恥ずかしい。
「いや、別に」
彼はようやく目をそらすと、鼻の下をごしごしとこすった。
「泳ぎは得意なの?」
「うん。速いよ」
それはもう、人間となんて、比べものにならないくらい。
「そっか。そりゃ楽しみだな」
そう言うと、彼は僕の足元を指差した。
「おい。服くらい、ちょっとはたたんでから椅子の上に置いとけ。俺とペアで筋トレやるぞ」
出て行く彼の背中を、慌てて追いかける。
なんだかよく分からないけど、ここでは彼の言うことを聞いていればいいみたい。
ようやく外に出て解放された僕は、奏に駆け寄る。
「おい。お前はそっちじゃねぇよ」
「え、なんで? これから奏と一緒に出かける予定なんだけど」
「出かけねぇよ。お前は俺とここで筋トレだっつってんだろ」
せっかく奏を追いかけて来たのに、ここでもまた別々にされた。
人間というのは、男と女で別々に動くらしい。
隙をみて彼女のそばに行こうとすると、茶色の彼に怒られるし、その彼の命令で全員が走らされたり、腕立て伏せとかいうのをさせられたり、全く納得がいかない。
「もう飽きた! 僕はこんなことをするためにここに来たんじゃない!」
「お前、どんだけ体力ないんだよ。よくそんなんで今まで生きてこれたな」