そうやって僕は奏を見ているのに、奏は買ったばかりのストローを吸っている。
これも知ってる。
奏がよく飲むやつだ。
僕も気になって、前に一人で飲んでみたけど、正直あんまり好きじゃない。
「奏は、このジュース好きなの?」
「え、なんで?」
「よく飲んでるから。僕も飲みたい」
彼女の手に触れる。
僕は背を丸め、紙パックを持つ彼女の手を引き寄せると、白いストローの先をくわえた。
「美味しいね」
にこっと微笑んで、彼女の目を下からのぞき込む。
「奏のことは、全部好き」
「私も」
顔を近づける。
僕の唇はもっと柔らかな唇に触れ、舌を絡めた。
彼女が逃げようとするのを、抱き寄せて離さない。
「も……。むり……」
彼女のささやくような声に、もう一度軽く口づけてから離した。
「僕のこと、好き?」
額を合わせて、彼女の黒い目をのぞき込む。
「好き」
はにかむように赤らんだ頬で、彼女はそう答えた。
「よかった。じゃあ、付き合ってくれるってこと?」
「私は、もうそのつもりだったけど」
僕の腕の中で、赤らめた頬の奏がうつむく。
「よかった」
昼休み終了を知らせる予鈴が鳴った。
僕はもう一度彼女にキスをしようと、顔を近づける。
「もう教室に戻らなくちゃ」
それは明確に拒絶されたので、すぐに顔を離す。
手を差し出したら、彼女はすぐに僕の手に自分の手を重ねた。
そっと繋いだ手の、指と指を絡める。
慌ただしくなった校内を、僕たちは同じ教室に向かって歩き出す。
僕は奏のくるくるした短い髪の毛先を見ている。
「今日も授業終わったら、部活だね」
「ホントにご飯、あれだけで大丈夫なの?」
「うん。平気」
「何か、お弁当的なもの作ってきてあげようか? ゼリーとかパンばっかりだよね」
「ふふ。奏もちゃんと僕のこと見てくれてたんだ」
「当たり前でしょ?」
「おにぎりも好きだよ」
「じゃ、おにぎり弁当」
ここに来た時は迷路のようだと思っていた校内にも、すっかり慣れた。
階段を上り、廊下を歩いて自分たちの教室に近づく。
最後の角を曲がる手前で、僕は繋いだ手を引き寄せ、彼女の指先にキスをした。
「奏の方こそ、ちゃんと寝てご飯食べて、体を休めなきゃいけないんだから。そんなことしなくていいよ」
彼女の可愛らしい目が、まっすぐに僕を見つめた。
「ねぇ。宮野くんって、本当はなにが好きなの?」
「奏だよ」
「じゃなくて、食べ物!」
「んー。刺身?」
「さ、刺身か。さすがにお刺身の手作り弁当は、ハードル高いなぁ」
「気持ちだけで十分だから」
もう一度頬を寄せ、その髪にキスをする。
「奏のその気持ちだけでうれしい」
「うん」
不意に彼女との視線がぶつかり合う。
奏はついと背を伸ばした。
彼女の柔らかな唇が、僕の口元近くに触れる。
「早く教室戻らないと、授業始まっちゃうよ」
奏は軽やかな足取りで、僕を残し追い越してゆく。
くるりと振り返ったスカートが、はらりと翻った。
「また部活のあとでね」
奏に少し遅れて教室に入ると、彼女は他の生徒としゃべりながら、もう席につこうとしていた。
僕はまだ彼女の触れた感触が残る口元を隠したまま、自分の席に戻る。
すぐに次の授業の先生がやって来て、僕はいつものように机に寝転がった。
「宮野! 寝るのはいいけど、耳だけは聞いてろよ」
「はーい」
いくら先生にそう言われたって、退屈な話しなんて聞いていられるわけがない。
僕と奏は付き合いだした。
彼女は僕のことを好きだと言ってくれたし、僕も彼女が大好きだ。
それなのに……。
自分の左手を広げ、じっとそれを見る。
もう人魚ではない僕の手は、爪は丸く短くなり、指と指の間にあったヒレもない。
びっしりと細かい鱗で覆われていた肌の表面も、今はむき出しのつるつるだ。
これが人間になるってこと?
真実のキスを奏と交わしたはずなのに、僕には僕にかけられた魔法が、きちんと動いたような気がしない。
なぜだ。
3列向こうの席にいる奏を見る。
彼女は小さな机の上に教科書とノートを広げ、熱心にメモをとっていた。
彼女が僕に嘘をついているとは思えない。
「ちゃんとキスだけじゃなくて、今度は『付き合って』も言ったのになぁ……。あっ!」
僕はぱっと起き上がると、後ろを振り返った。
すぐ真後ろに座っている岸田くんと目が合う。彼の眉間に、くっきりとしわが入った。
「なんだよ」
「……。ううん。何でもない」
今はまだ授業中だった。
もう一度前を向いて、机につき伏す。
奏の「好き」は岸田くんが一番で、僕が二番だからかな。
そうなのかな。
もしかしたら、そうなのかもしれない。
奏は先生に言われた通り、教科書のページをめくっている。
ようやく放課後になって、僕は一番に奏に駆け寄った。
「部活行くでしょ? 一緒に行こう」
彼女の帰り支度が終わるのを、待ちきれない。
鞄を背負い一緒に教室を出たとたん、彼女の手を取り、廊下を急ぐ。
「ねぇ、なになに? どうしたの?」
僕は早く奏に確認したくて、彼女と手を繋いだままぐんぐん進む。
放課後の廊下は、通常教室じゃないところだと、人が少ないことを知っている。
そしてこのルートが、プールへ向かうには一番近い。
僕は辺りに誰もいないことを確認して、彼女を壁に押しつけた。
両手を壁につき、彼女をのぞきこむ。
「ね、本当に僕のこと好き?」
「なに? ずっとそうだって言ってるじゃない」
はにかむように微笑んで、奏はぱっと横を向いた。
「私のこと、そんなに信用できない?」
僕の腕から抜け出そうとする彼女に、ぎゅっと体を押しつける。
僕にとってそれは、とても大事なこと。
「僕と岸田くんと、どっちが好き?」
とたんに奏は、ムッと眉を寄せた。
「ねぇ、なんでそんなこと聞くの」
「前に、岸田くんが好きだって言ってたから」
「それはそうだけど……」
奏はうつむいた。
その頬に触れると、ぷいと顔を背ける。
これも知ってる。
奏がよく飲むやつだ。
僕も気になって、前に一人で飲んでみたけど、正直あんまり好きじゃない。
「奏は、このジュース好きなの?」
「え、なんで?」
「よく飲んでるから。僕も飲みたい」
彼女の手に触れる。
僕は背を丸め、紙パックを持つ彼女の手を引き寄せると、白いストローの先をくわえた。
「美味しいね」
にこっと微笑んで、彼女の目を下からのぞき込む。
「奏のことは、全部好き」
「私も」
顔を近づける。
僕の唇はもっと柔らかな唇に触れ、舌を絡めた。
彼女が逃げようとするのを、抱き寄せて離さない。
「も……。むり……」
彼女のささやくような声に、もう一度軽く口づけてから離した。
「僕のこと、好き?」
額を合わせて、彼女の黒い目をのぞき込む。
「好き」
はにかむように赤らんだ頬で、彼女はそう答えた。
「よかった。じゃあ、付き合ってくれるってこと?」
「私は、もうそのつもりだったけど」
僕の腕の中で、赤らめた頬の奏がうつむく。
「よかった」
昼休み終了を知らせる予鈴が鳴った。
僕はもう一度彼女にキスをしようと、顔を近づける。
「もう教室に戻らなくちゃ」
それは明確に拒絶されたので、すぐに顔を離す。
手を差し出したら、彼女はすぐに僕の手に自分の手を重ねた。
そっと繋いだ手の、指と指を絡める。
慌ただしくなった校内を、僕たちは同じ教室に向かって歩き出す。
僕は奏のくるくるした短い髪の毛先を見ている。
「今日も授業終わったら、部活だね」
「ホントにご飯、あれだけで大丈夫なの?」
「うん。平気」
「何か、お弁当的なもの作ってきてあげようか? ゼリーとかパンばっかりだよね」
「ふふ。奏もちゃんと僕のこと見てくれてたんだ」
「当たり前でしょ?」
「おにぎりも好きだよ」
「じゃ、おにぎり弁当」
ここに来た時は迷路のようだと思っていた校内にも、すっかり慣れた。
階段を上り、廊下を歩いて自分たちの教室に近づく。
最後の角を曲がる手前で、僕は繋いだ手を引き寄せ、彼女の指先にキスをした。
「奏の方こそ、ちゃんと寝てご飯食べて、体を休めなきゃいけないんだから。そんなことしなくていいよ」
彼女の可愛らしい目が、まっすぐに僕を見つめた。
「ねぇ。宮野くんって、本当はなにが好きなの?」
「奏だよ」
「じゃなくて、食べ物!」
「んー。刺身?」
「さ、刺身か。さすがにお刺身の手作り弁当は、ハードル高いなぁ」
「気持ちだけで十分だから」
もう一度頬を寄せ、その髪にキスをする。
「奏のその気持ちだけでうれしい」
「うん」
不意に彼女との視線がぶつかり合う。
奏はついと背を伸ばした。
彼女の柔らかな唇が、僕の口元近くに触れる。
「早く教室戻らないと、授業始まっちゃうよ」
奏は軽やかな足取りで、僕を残し追い越してゆく。
くるりと振り返ったスカートが、はらりと翻った。
「また部活のあとでね」
奏に少し遅れて教室に入ると、彼女は他の生徒としゃべりながら、もう席につこうとしていた。
僕はまだ彼女の触れた感触が残る口元を隠したまま、自分の席に戻る。
すぐに次の授業の先生がやって来て、僕はいつものように机に寝転がった。
「宮野! 寝るのはいいけど、耳だけは聞いてろよ」
「はーい」
いくら先生にそう言われたって、退屈な話しなんて聞いていられるわけがない。
僕と奏は付き合いだした。
彼女は僕のことを好きだと言ってくれたし、僕も彼女が大好きだ。
それなのに……。
自分の左手を広げ、じっとそれを見る。
もう人魚ではない僕の手は、爪は丸く短くなり、指と指の間にあったヒレもない。
びっしりと細かい鱗で覆われていた肌の表面も、今はむき出しのつるつるだ。
これが人間になるってこと?
真実のキスを奏と交わしたはずなのに、僕には僕にかけられた魔法が、きちんと動いたような気がしない。
なぜだ。
3列向こうの席にいる奏を見る。
彼女は小さな机の上に教科書とノートを広げ、熱心にメモをとっていた。
彼女が僕に嘘をついているとは思えない。
「ちゃんとキスだけじゃなくて、今度は『付き合って』も言ったのになぁ……。あっ!」
僕はぱっと起き上がると、後ろを振り返った。
すぐ真後ろに座っている岸田くんと目が合う。彼の眉間に、くっきりとしわが入った。
「なんだよ」
「……。ううん。何でもない」
今はまだ授業中だった。
もう一度前を向いて、机につき伏す。
奏の「好き」は岸田くんが一番で、僕が二番だからかな。
そうなのかな。
もしかしたら、そうなのかもしれない。
奏は先生に言われた通り、教科書のページをめくっている。
ようやく放課後になって、僕は一番に奏に駆け寄った。
「部活行くでしょ? 一緒に行こう」
彼女の帰り支度が終わるのを、待ちきれない。
鞄を背負い一緒に教室を出たとたん、彼女の手を取り、廊下を急ぐ。
「ねぇ、なになに? どうしたの?」
僕は早く奏に確認したくて、彼女と手を繋いだままぐんぐん進む。
放課後の廊下は、通常教室じゃないところだと、人が少ないことを知っている。
そしてこのルートが、プールへ向かうには一番近い。
僕は辺りに誰もいないことを確認して、彼女を壁に押しつけた。
両手を壁につき、彼女をのぞきこむ。
「ね、本当に僕のこと好き?」
「なに? ずっとそうだって言ってるじゃない」
はにかむように微笑んで、奏はぱっと横を向いた。
「私のこと、そんなに信用できない?」
僕の腕から抜け出そうとする彼女に、ぎゅっと体を押しつける。
僕にとってそれは、とても大事なこと。
「僕と岸田くんと、どっちが好き?」
とたんに奏は、ムッと眉を寄せた。
「ねぇ、なんでそんなこと聞くの」
「前に、岸田くんが好きだって言ってたから」
「それはそうだけど……」
奏はうつむいた。
その頬に触れると、ぷいと顔を背ける。