「僕は、奏の好きなものが知りたい」
「いつもそればっかり言ってるよね」
「だって、本当のことだもの」
「今は宮野くんのことを知りたいの」

 奏は、ぱっとそこを離れた。
僕はそんな彼女を追いかける。
コンビニの店内はいつだってとても狭い。
彼女はお団子とかパフェとかケーキのならんだ棚をのぞき込んだ。

「宮野くんは、あんまり甘い物食べてるイメージないなぁ。そういえば」
「僕のこと、気にしてくれてたんだ」
「だけどスポーツゼリーとかじゃ、お祝い感なくない?」
「学校のお昼休みしか食べてないのに、見てたの?」

 彼女はなぜか顔を真っ赤にした。
そんな横顔を僕に向けたまま、こっちを向いてくれそうにない。
どうしたら彼女は、僕を見てくれるようになるんだろう。

「みんながそうやって噂してるのを、聞いただけだから」
「奏もずっと、僕を見てた?」

 触れたくてたまらないその手が、棚に並んだ透明なカップケースを手に取った。
それで顔を半分隠すようにして、ようやく僕を振り返る。

「ね、これとかは? モンブラン好き?」
「食べたことない」

 手を伸ばす。
顔をちゃんと見たいから、カップを持つ彼女の手に触れる。
それを奪いとってしまいたいのに、彼女は背を向ける。

「じゃあ、ダメじゃない」
「奏が好きなら食べる」
「私は、宮野くんの好きなものを聞いてるの」
「奏。僕は奏が好き」
「それはもう知ってる」

 カップケースを戻した奏が、また動きだす。
僕はどこまでもその後を追いかけてゆく。
今度はジュースの並んだ扉の前で振りむいた。

「だけどジュースってのも、さすがに……。あ」
「どうしたの?」

 冷たい扉を背にした彼女の、真横に手をつく。
その黒いまだ湿り気のある髪に頬を寄せようとしたら、やんわりと押し返された。

「ソフトクリーム売ってる。期間限定のやつ」

 それでも僕は、彼女の髪に顔を埋め耳元にささやく。

「奏が食べたいなら、それでいいよ」
「じゃあ、それで決まりね」

 僕の腕をすり抜け、彼女はレジへ向かってゆく。
なにかを注文しているのを、僕は後ろからただ見ている。

「はい。もうなに言ってもちゃんと答えてくれないから、勝手に頼んじゃった」
「うん。それでいいよ」

 店の外に出て、彼女から鮮やかなオレンジ色のアイスを受け取る。

「じゃ、宮野くんがマンゴーで、私はチョコね」

 奏は大きく口を開けた。
とんがったその甘いクリームの先に、唇でかぶりつく。
僕はそれを見ながら、渡されたオレンジのアイスを口にする。

「ん。美味しいよ。マンゴーはどう?」
「美味しいよ」
「そっか」

 彼女のアイスを食べる横顔を、僕がじっと見ているのに、やっぱり彼女は僕を見ようとしない。

「ね、こっちのも食べてみる?」

 僕は奏に、自分のアイスを差し出した。

「いいの?」
「いいよ」

 奏の顔が近づき、僕の手からそのまま口を付ける。
彼女の舌が、自分の唇を舐めた。

「ほんとだ。こっちも美味しいね」
「奏のも食べたい」
「いいよ」

 そうやって、彼女が素直に自分のアイスを差し出すから、僕は彼女にささやく。

「ねぇ、キスしていい?」

 そう言ったら、奏は動かなくなってしまった。
返事はない。
僕が顔を近づけても、逃げるような、嫌がるような素振りもみせない。
彼女は目を閉じる。
そっと近づけた唇が触れ合う。
僕たちはゆっくりとキスをする。
彼女から甘いチョコの味がした。