「奏の顔を見てから行こうと思って」
僕は立ち上がると、にこっと彼女に微笑む。
「ちゃんと僕のこと、応援しててね」
彼女にそう宣言して、プールサイドへ向かう。
奏が一番になれないのなら、代わりに僕が一番になる。
彼女が泣いて喜んでくれるのなら、いつだってそうする。
そんなの、負けるわけないじゃないか。
更衣室に入り、羽織っていたジャージを脱ぐ。
スイムキャップをきっちりとかぶった。
距離が200から100になったとたんに、泳ぐ人数が増える。
僕には過去の公式記録がないから、第1組の0番レーンなのには変わりがない。
プールサイドにずらりと並んだ一番隅っこで、軽く肩をほぐす。
真横に並んだ人間たちが、ちらちらとこっちを見ているのが分かる。
僕を意識してる?
合図があって、飛び込み台の上に上がった。
100メートルだったっけ。
一回のターンのやつでしょ?
余裕だね。
スタートの合図で飛び込む。
そのタイミングだって、もう横を見ながら誰かを待ったりしない。
どんな厳しいルールが課せられていたとしても、そんなものにも負けない。
飛び込んだ水の床の色が変わった。
壁に手をつくと、すぐ足で壁を蹴る。
誰も僕には追いつけない。
泳ぎ終わったら、大会新記録の51秒96が出ていた。
「凄いよ、宮野くん。かっこいい! 優勝だよ、おめでとう!」
客席に戻ると、奏から話しかけてくれた。
彼女が喜んでくれたら、それでいい。
「ありがとう。かっこよかった?」
「うん。すっごく!」
これで僕の出番は全て終わったけど、まだ奏の試合が残っていた。
全員の競技が終わるまで、他のみんなも帰らないんだって。
僕はべちゃべちゃする水着を脱いで、制服に着替えていた。
乾いた服の方がいいなんて、すっかり人間になったみたいだ。
奏のレースが始まる。
彼女の最終レース100mフリーリレーは、4分26秒75の、大会4位で終わった。
「お疲れさま」
帰りは、会場の外で解散。
夏の日はまだ空に残っている。
みんなはまだ木に囲まれた広場から動かないけど、僕は誰よりも真っ先に奏に駆け寄る。
「ねぇ、今日は一緒に帰ろう。途中まで、一緒に帰ってくれる?」
「うん。私もそうしたい」
みんなに別れを告げ、その場を離れる。
快く見送ってくれた。
奏の大会記録は4位だったけど、機嫌は悪くないみたいだ。
日差しの落ち着いた夏の街中を、奏と二人で歩く。
僕の隣で彼女は、ずっと自分の話をしていた。
この会場に来るのは何回目だとか、中学の時もここでやって、その時の同級生がどうのこうのとか。
「奏は、なんで泳ぐの?」
「私? 泳ぐのが好きだからかな。結局は、そこだよね」
「泳ぐの好き?」
「もちろん。好きだよ」
そっか。ならいいや。
「僕も好きだよ」
彼女はにっこりと微笑む。
僕はそんな彼女の、日に焼けた頬から首筋に視線を移す。
さっきまで漬かっていた水のせいで、僕と奏からは同じ臭いがする。
「そうだ。宮野くんの優勝祝いしようよ。大会新記録だよ。特別に私がおごってあげよう」
「おごる?」
「なにか食べたいものを、買ってあげる」
彼女の手が、僕の肩にかけた鞄のベルトを引っ張った。
すぐ近くにあったコンビニにつれて行かれる。
扉を開けるとコンビニ独特のチャイムがなって、店内の冷えた空気がふんわりと体を包む。
「なにがいい?」
そう言って彼女は、アイスケースをのぞき込む。
彼女と学校の外で二人きりになるのは、思えばこれが初めてかもしれない。
ケースの縁に置かれた手に、触れないくらいのギリギリの距離で自分の手を置く。
「奏は何が好きなの?」
それなのに、うっかり肩と肩がぶつかってしまった。
そのまま嫌がって離れていってしまうかと思ったのに、彼女はそのままそこにいる。
「わ、私は、宮野くんの好みを聞いてるの!」
肩同士がぶつかってしまったことを、奏は恥ずかしがっているみたいだ。
僕は立ち上がると、にこっと彼女に微笑む。
「ちゃんと僕のこと、応援しててね」
彼女にそう宣言して、プールサイドへ向かう。
奏が一番になれないのなら、代わりに僕が一番になる。
彼女が泣いて喜んでくれるのなら、いつだってそうする。
そんなの、負けるわけないじゃないか。
更衣室に入り、羽織っていたジャージを脱ぐ。
スイムキャップをきっちりとかぶった。
距離が200から100になったとたんに、泳ぐ人数が増える。
僕には過去の公式記録がないから、第1組の0番レーンなのには変わりがない。
プールサイドにずらりと並んだ一番隅っこで、軽く肩をほぐす。
真横に並んだ人間たちが、ちらちらとこっちを見ているのが分かる。
僕を意識してる?
合図があって、飛び込み台の上に上がった。
100メートルだったっけ。
一回のターンのやつでしょ?
余裕だね。
スタートの合図で飛び込む。
そのタイミングだって、もう横を見ながら誰かを待ったりしない。
どんな厳しいルールが課せられていたとしても、そんなものにも負けない。
飛び込んだ水の床の色が変わった。
壁に手をつくと、すぐ足で壁を蹴る。
誰も僕には追いつけない。
泳ぎ終わったら、大会新記録の51秒96が出ていた。
「凄いよ、宮野くん。かっこいい! 優勝だよ、おめでとう!」
客席に戻ると、奏から話しかけてくれた。
彼女が喜んでくれたら、それでいい。
「ありがとう。かっこよかった?」
「うん。すっごく!」
これで僕の出番は全て終わったけど、まだ奏の試合が残っていた。
全員の競技が終わるまで、他のみんなも帰らないんだって。
僕はべちゃべちゃする水着を脱いで、制服に着替えていた。
乾いた服の方がいいなんて、すっかり人間になったみたいだ。
奏のレースが始まる。
彼女の最終レース100mフリーリレーは、4分26秒75の、大会4位で終わった。
「お疲れさま」
帰りは、会場の外で解散。
夏の日はまだ空に残っている。
みんなはまだ木に囲まれた広場から動かないけど、僕は誰よりも真っ先に奏に駆け寄る。
「ねぇ、今日は一緒に帰ろう。途中まで、一緒に帰ってくれる?」
「うん。私もそうしたい」
みんなに別れを告げ、その場を離れる。
快く見送ってくれた。
奏の大会記録は4位だったけど、機嫌は悪くないみたいだ。
日差しの落ち着いた夏の街中を、奏と二人で歩く。
僕の隣で彼女は、ずっと自分の話をしていた。
この会場に来るのは何回目だとか、中学の時もここでやって、その時の同級生がどうのこうのとか。
「奏は、なんで泳ぐの?」
「私? 泳ぐのが好きだからかな。結局は、そこだよね」
「泳ぐの好き?」
「もちろん。好きだよ」
そっか。ならいいや。
「僕も好きだよ」
彼女はにっこりと微笑む。
僕はそんな彼女の、日に焼けた頬から首筋に視線を移す。
さっきまで漬かっていた水のせいで、僕と奏からは同じ臭いがする。
「そうだ。宮野くんの優勝祝いしようよ。大会新記録だよ。特別に私がおごってあげよう」
「おごる?」
「なにか食べたいものを、買ってあげる」
彼女の手が、僕の肩にかけた鞄のベルトを引っ張った。
すぐ近くにあったコンビニにつれて行かれる。
扉を開けるとコンビニ独特のチャイムがなって、店内の冷えた空気がふんわりと体を包む。
「なにがいい?」
そう言って彼女は、アイスケースをのぞき込む。
彼女と学校の外で二人きりになるのは、思えばこれが初めてかもしれない。
ケースの縁に置かれた手に、触れないくらいのギリギリの距離で自分の手を置く。
「奏は何が好きなの?」
それなのに、うっかり肩と肩がぶつかってしまった。
そのまま嫌がって離れていってしまうかと思ったのに、彼女はそのままそこにいる。
「わ、私は、宮野くんの好みを聞いてるの!」
肩同士がぶつかってしまったことを、奏は恥ずかしがっているみたいだ。