陸の生活が始まって、僕は毎日のように朝一番に学校に来て、奏と会う。
家を近くにしてよかった。
あんまり早く来すぎると学校の門が開いていなくて、時計の針が7時にならないとダメだって学校の人に追い返された。
教室を開けてもらうのも待って、誰もいない奏の席に座っている。

 海上でも浅い海の中にいても、太陽の光は感じるけど、陸の上だとその光はまた違って感じる。
空に浮かぶお日さまは、何にも変わっていないのにね。
いつも見下ろしていたゆらゆらと揺れる海藻の森の代わりに、今は頭上で知らない木の葉の裏を見上げているのも、新鮮だった。
海の海藻みたいに、色んな種類がある。
僕にはそれをただ立ち止まって見上げているだけでも楽しい。
僕は閉めきった窓を開け放つ。
外から新鮮な空気が生暖かい教室に流れ込んできた。

 その窓から見えるのは、どこまでもどこまでも人間の住む街で、これだけの沢山の数が狭いところにひしめき合っているのだから、陸の生活とは、同じ仲間と過ごす日々とは、どんなに楽しいものなんだろうかと思う。
広い海に孤独に暮らしていた自分が、もう想像出来ない。
僕はここで生まれ変わったんだ。
これからはこの世界で生きてゆく。
窓の下にやっと登校してきた奏を見つけて、思い切り手を振った。

「おーい。かなでー! おはよー」

 彼女は一瞬ビクリとして、チラッとこっちを見上げたけど、手を振り返してくれることはなく、足早に校舎へ消えた。
奏は恥ずかしがり屋さんだな。
だけどもうすぐ、僕のいるこの場所にやってくる。
他の人間たちが「寒いから早く窓閉めて」って言うから、仕方なく閉める。
僕は席へつくと、うきうきしながら彼女の到着を待っていた。
当然のように、ちゃんと迷わずすぐに僕のところへやってくる。

「おはよう、奏。今日は一緒に何する?」
「ここは私の席だからどいて」

 彼女は乱暴な物言いで、鞄の中にある本を取り出すと、がしがし机に突っ込んでゆく。

「どうしたの、奏。怒ってるの? なにかあった?」
「別に!」

 もちろん僕は、彼女に席を譲る。
だってこの席は奏の席で、だから僕もここで待ってたんだから。

「ねぇ、このあたりで一番の、奏の好きな場所を教えて。僕もそこに行ってみたい。この場所で、奏の一番のお気に入りの景色を、奏の好きなことを僕に見せて」
「そんなことして、どうすんの?」
「僕も好きになりたいから」

「あのさぁ!」

 彼女は作業の終わったらしい鞄を、ドカリと机の上に置いた。

「今日も明日も明後日も、もうずっと学校にいる間は、普通にしっかり授業を受けて、普通に部活よ。筋トレ。あんたも入部したんだったら、ちゃんと行かないとね」
「奏と一緒なら、どこへでも行くよ。いつでも、どこにでも」

 他のみんなは、やっぱり僕たちを見てくすくす笑っている。
どうしてそんなに笑うんだろう。
笑うことは好きだけど、ここの人間の笑い方はなんだか好きにはなれない。
きっと距離が近すぎるんだ。
海にはもちろん、僕以外にも人魚の仲間はいたけど、こんな身近でくっつき合って、ずっと同じ時間を過ごすことはあまりないから、それがうれしくもあり、ちょっと窮屈な気分にもなる。

「ねぇ、なんでみんなは、笑ってるの?」
「さぁ、なんでだろ」