来たるべき日。鎮めの儀式の始まりである。
降龍の間と呼ばれる広い部屋に案内されると、幾重にも紗がかかるその奥に皇帝陛下の玉座が霞んで見えた。
その脇を直属の文官武官が固めている。

「此度の鎮めの楽士、沈春蕾でございます」

ここまで来たら後には退けない。
この数日間で練習していた低めの声色で堂々と名乗ってみせた。
本来ならば、ここでお役目を果たすのは弟だった。
だが、運命の悪戯──と呼ぶには残酷過ぎる奇禍が私を──沈暁蕾をここへ導いた。
これもひとつの天命なのだろう。

「沈春蕾。そなたの音色を龍に捧げよ」

恐れ多くも皇帝陛下のお声を賜り御前へ踏み出す。
呼吸を整え笛を構える。
緊張のあまり体温を失った手のひらに爪を勢いよく立てて自分を奮い立たせた。

最初の一音が空間を震わせる。
伸びやかに、しかし晴れやかに。
稲妻と共に降臨した龍を思わせるその旋律に、右隣にいた官吏が息を飲むのが感じ取れた。
吹き始めてしまえば、いつもの自分が戻ってくる。
ふわふわと定まらずに辺りを飛び回る音の欠片を掠めて、握って寄り添って。
音色と意識を同調させて呼吸を合わせ、空高く高く昇っていく。
誰が聞いていようがいまいがこれは私の演奏。
そう、これが私の──

「そうか、これが暁の音色か!」

地を揺るがす低い声が歓喜に湧く。
誰の言葉か見定めるより前に──玉座からまばゆい金色の光が放たれて、世界が真っ白になった。