意識が戻った時、視界に映ったのはくすんだ白い天井と少し暗い蛍光灯だった。
「未羅っ!目が覚めたのね?!
お母さんとお父さんよ、分かる?!」
 その声はまだ少しぼやけて聞こえた。
 意識は朦朧としている。
「・・・空人君」
 自分で無意識に呟いた彼の名前で、すべてを思い出した。
「空人君っ!!!」
 勢いよく起き上がると後頭部に激痛が走り、顔が歪んだ。
 まだ休んでいなさいと、それしか言わない両親に違和感を抱いた。
「ねぇ・・空人君は?」
 私が聞いても、お父さんは俯いたままでお母さんはただただ涙をこぼしていた。
「ねぇ、答えてよ。空人君は?
答えてくれなきゃ私・・。
ねぇ、どこにいるの?」
 なんとなく分かっていた。
 聞きたくないのに、聞かないと気が済まない。
 きっと聞いてしまうと私はどうにかなってしまう。
 どうにかなる準備は既にできていた。
「未羅、空人君はね・・・ダメだったの」
 号泣するお母さんが私を強く抱きしめながら言った。
 耳元で響いたその言葉に、息ができなくなった。
「うそ。うそよ。
だって、じゃなきゃ私のこの一年半は何になるの?
・・どうせ隣の病室に居るんでしょ!?」
 そう言ってベッドから身を乗り出そうとする私を両親と駆け付けたナースさんが三人がかりで止めた。
「いやぁ!!離して!
私空人君を守るって誓ったのっ!!
おねがい、空人君に会わせて!
誰かお願い!いやぁぁ!!!」
 私は嗚咽しながら激しく取り乱した。
 受け止められない現実と自分を許せない気持ちが衝動となり激しく暴れた。
 そしてその衝動はとどまることを知らず、後頭部の痛みは頂点に達していたけど、痛みを感じていないと自分を保てなかった私はひたすら暴れ続けた。
 そして、危険だと医者に判断され鎮静剤を無理やり注射され、再び意識を失った。
 次起きた時には、暴れる元気はなかったが、嗚咽は止まらなかった。
 何回空人君の名前を呼んだか分からない。
 今までで一番呼んだけど、それでも返事が返ってくることはなかった。
 いくらか落ち着きを取り戻したところで聞かされた話によると、私を突き飛ばした空人君は車に強くはねられ、救急車が来る頃には既に息を引き取っていたらしい。
 そして、突き飛ばされた私は後頭部を強く打ち二日間目を覚まさなかったと聞いた。
 全治一か月と言われ、年が明けた二月の頭に私は退院した。
 でも退院してからは部屋に籠り、ほぼ死んだような生活をしていた。
 空人君のお葬式にも行けなかった。
 ほんとは行って空人君のご両親に土下座をするつもりだったが、いざ喪服を着た瞬間、呼吸ができなくなりそのまま意識を失ってしまった。
 参列したお母さんから聞くと、空人君のご両親は私に会いたがっていたらしいが、素直には信じられなかった。
 空人君に対する償い。
 自分を許せない心。
 死ぬことにより空人君に会えるのではないかという虚しい願い。
 それらが入り乱れた気持ちがぐるぐると頭の中を荒らし回り、何度も剃刀を手首に当てた。
 しかし、幸いなことにそれらを上回る「空人君に貰ったものを捨てたくない」という純粋な感情が正しく機能していたため、結果私は一度も間違いを犯さずに済んだ。
 その度に私は彼の名前を呟き、涙をこぼした。