「そうだ。シイナさん。
やっぱり、最後にもう一つ聞かせてください。
答えたくなければ結構です。」
「・・なんでしょう?」
 僕らは背を向け合ったまま話していた。
「やっぱり僕、どうしても自分がそんな大層な可能性を秘めている人間だとは思えないんです。
それでさっき話している時に思い出したんですけど、初めて僕がここに来た時シイナさん『なぜあなたが。』って言いましたよね?」
 シイナさんは黙ったままだった。
「それって、僕は本来ここに来る資格がなかったってことじゃないんですか?
それに未羅が来ると分かった瞬間、納得したような反応をしていたのも気になっていたんです。
つまり、未羅には間違いなくここに来る資格があった。
未羅がここに来るなら、僕もここに来る。
未羅の運命は“誰かが事故で犠牲になる”こと。
僕の運命は“未羅に恋をする”こと。
僕は、未羅が犠牲になるのを防ぐためにここに来たんじゃないですか?
もっと明確に言うと、“百万人以上の人の心に影響を与える”未羅を救うことができるのは僕のみで、それが“間接的に百万人以上の人の心に影響を与える”ことになるから僕は資格を得たんじゃないですか?」
 僕が自分の見解を言い終えると、数秒後にシイナさんは口を開いた。
「・・それは、答えたくありません」
「・・・そうですか。
無理に聞くつもりはありません。
シイナさん、本当にありがとうございました。」
 僕はまた歩き出した。
 自分の足はもうすぐ見えなくなるくらい透けていた。

「・・・もしそれがっ!!
事実だったら・・葉山さんは私を恨みますか?」

「・・え?」

「それがこの“やり直し”の真実だとしたら!
あなたは私を・・・自分の“運命”を恨みますかっ!?」

 シイナさんは号泣しながら僕に向かって叫んでいるようだった。
 僕もそれに応えるように、上半身しか見えなくなった体で振り向いた。
 僕の中で、その質問に対する答えは既に出ていた。
「僕は・・・自分の運命を恨んでいません。
僕はたとえ記憶を保持したままだったとしても、真実を知っていたとしても、何回でも同じ答えを出すと思います。
これは僕にとって必然でした。
結局、人は絶対に譲れないものがある場合、何度やり直しても同じ答えを出すんだと思います。
未羅にはずっと控えめな笑顔でいてほしい。
小さな幸せを絶え間なく感じていて欲しい。
痛みを感じてほしくない。
これが僕にとっての譲れないものでした。
僕が死ぬことで痛みを感じてしまうのは避けられないかもしれないけど、未羅が死んでしまっては元も子もない。
だから今後未羅が僕の死を乗り越えて、またあの笑顔を見せてくれるならそれは本望です。
強いて言うなら・・たくさんの人を幸せにする彼女をできれば隣で見ていたかった」
「でも、彼女があなたの死を乗り越えてくれる保証なんてどこにもない。」
「それは、シイナさんもよく分かってるんじゃないですか?」
「・・・はぁ。
それは、そうかもしれませんね」
 そう言ったシイナさんは参ったようにいつもの笑顔に戻った。
 それに、もし仮に立ち直ってくれなくても、僕には“とっておき”があった。
「最後のお願いです。シイナさん。――――・・・。」
 僕がその願いを伝えると、彼は快くその願いを聞き入れてくれた。
 視界が白く光ってきた。
 どうやら本当にもう時間がないらしい。
「じゃあ、そろそろ本当に行きます」
「はい。
お気をつけていってらっしゃいませ」
 もう視界にはシイナさんの顔がギリギリ映っているくらいになった時に、彼は一息ついてこう言った。
「ありがとう。空人君。」
 僕が最後に見たのは、しわくちゃになったシイナさんの笑顔だった。