「・・・そんなのだめだよ」
 取り繕う余裕がなくなっていた私を、空人君はさらに追い込もうとする。
「これは、僕の勝手だ。
未羅が何と言おうとそうする。
・・僕、実は未羅が転校してくる前日の夜、夢を見たんだ。
未羅と僕が屋上で話した日の一部を切り取った夢。
変だよね。
まだ会ったこともないし、先の事なのに」
 今更言われても遅すぎる事実を聞かされた私は、もう平静を装ってはいられなかった。
「今でもあれが何だったのかよくわからない。
予知夢ってやつなのかな。
でも一つだけ確実に言えることがあるとすれば、あの時から信じるべきだったんだ。
世の中には常識じゃ説明がつかないことがあるって。
なあ、未羅が“ある運命”を抱えているなら、僕のこれも運命って呼べるのかな?
あの時の僕は、信じられなかったんだ。そんな特別な事が存在したとして、それが僕に起こるはずがないって、そう思ってた。
でも、今はこう思うんだ。
それが運命じゃなかったとしても、僕はそれを運命だって言いたい。
そして、未羅を縛っている未羅の運命が本当に存在するなら、その運命から未羅を救いたい」
 彼の決意を目の当たりにして、私はようやく理解した。
 空人君と私は始まる前からとっくに始まっていたのだと。
 そして、彼もまたこの選択が“運命”の果てだったのだと。
 きっと私たちの“可能性の枝”は、私たちが考える以上に深く、複雑に、それでいてどこまでも清く、交差していたのだろう。
 こうなるのはきっと君にとっても必然だったのだろう。
 “私たちは深く交差していた”と、そう知れただけで私は十分生きた価値があった。
 でも私にだって譲れないものはある。
 こうなれば泥仕合でも何でもしてやる。
「もーっ、空人君ってば大げさだよ。
運命とかそんなのあるわけないじゃん。
あ、もちろん空人君が私に対してそこまで思ってくれてることはすごくうれしいよ?
でも何で勘違いしてるか分からないけど、運命とか私は信じてないし、そんな大層なもの私は抱えてません」
「未羅、もう―――――」
「いやー、心配させてごめんね?
今日あの後携帯の充電切れちゃってさ、それで電車止まってたんだけど、連絡できなくて。
ほんとごめんね。
また今度埋め合わせさせてもらうからさ、今日はもう風邪ひく前に帰りなよ」
 さすがに自分でもこの流れは無理があると分かっていた。
 だから、これでだめなら無理やりにでも追い返すつもりでいた。
 そして、一通り言い終えても全く動じない空人君を見て最終手段に出ようとした。
 “運命”は私と空人君が遭遇したその瞬間から、この時を待っていた。
 人の脳は実に弱く、どんなに固く誓ったことでも、一瞬の隙を突かれれば目的と手段が簡単に入れ替わってしまう。「空人君に事故を回避させる」という“目的”の目の前に“空人君を帰らせる”という一つの手段が現れた私は簡単に隙を突かれてしまった。
―――――プァーーーーーーーーーン
 道路を挟んで反対側に居る空人君の元へ一歩踏み出した瞬間、気付けば私の目の前には車が迫っていた。
 走馬灯は見えず、何かを考える余裕はなかった。
 ただ、取り返しのつかないことをしたという実感が体を襲い、耳には空人君が私を呼ぶ声が聞こえた。
 次の瞬間には体と後頭部に強い衝撃を受け、私の意識はそこで途切れた。