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 どれくらいの時間歩いただろう。
 時計を見ると、午後八時になろうとしていた。
 途中から雪は止み、今は自分の雪を踏む音がひたすら耳に響いている。
 タクシーに乗った辺りまでは空人君から絶えずメッセージが着ていたが、それも来なくなっていた。
 疲れ果て、一歩一歩踏み出すたびに自分の体力の底が見え隠れしている私は、朦朧とする意識の中でもう家のすぐ近くまで来ていることに気付いた。
 家には帰れない。
 もう、家族さえ巻き込まなければどんな死に方だっていい。
 いっそのこと、道の真ん中で大の字になってしまおうかと考えるほど私は心身共に追い込まれていた。
 それでも尚、私の本能は終わりの予感を告げてはくれない。
 “運命”そのものを疑い始めていた私の前にマンションが姿を徐々に現し始め、当てもなく通り過ぎていこうと決めたその時、“それ”は何の前触れもなく訪れた。
 家の前の曲がり角を曲がった瞬間、私の本能が何かに反応して脈を打った。
 エントランスの前で座り込んでいる人が居る。
 見覚えのあるシルエットとその雰囲気に背筋が凍った。
 そんなはずない。
 だって彼は今全然違う場所に居るはずじゃ・・。
 しかし、何十回何百回と見てきた彼を私が見間違うはずもなく、「気付かないふりをして遠回りしよう」と思いついたのは、声を出した後だった。
「・・・空人君?」
「あぁ、未羅。未羅・・だよな?
やっと、・・・よかったぁ」
 私の声に反応したその人はやはり彼だった。
 数日ぶりなのに、とても久しぶりな気がする彼の顔は疲弊し青ざめていた。
「な、なんでここにいるの?」
 ずっと私を探していたことが目に見えて分かり、動揺が隠せない。
 声が震えしまった。
「未羅に・・・会いたかったから」
 “事の重大さ”が理解できていないような表情でそう言った彼に腹が立った。
「そうじゃないっ!君はここに居ちゃいけ―――」
「まずはっ!・・僕の言い分を聞いてほしい。デートすっぽかされたんだから、これくらいは許してくれ。
未羅、ごめん。
この間の“運命”の話、意見が変わった」
 彼の言葉に心臓が強く揺れた。
「僕は、やっぱり運命を信じる。
信じたうえで、僕の意見を言う。
もし、それが自分にとって都合の悪いものだったら・・・僕はそれを捻じ曲げる」
 こんなに自身に満ち溢れた空人君の表情を私は今まで見たことがなかった。
 その表情はさっきとはまるで違い、“事の重大さ”を分かっているようだった。
「それが、僕の運命だろうが未羅の運命だろうが関係ない。
もし未羅の運命だったら、僕は厚かましく首を突っ込んでその運命を引っ掻き回すよ」
 彼のすべてを知っているような発言に、いよいよ私の本能は予感を告げていた。
 それはほぼ決定的に思えた。