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 玄関で下駄を履き姿見の前でくるりと回ってみる。
 少しずつ角度が変わるたびに度に足元からカランカランと軽快な音がした。
「うん。とてもきれいよ。
自信持っていってらっしゃい」
 お母さんにそう言われ、背中を押されるような気持ちで外に出た。
 行きは集合場所の駅まで少し距離があったので、お父さんが車で送ってくれた。
 車に揺られている間、お父さんは落ち着きがなかった。
「帰りは最寄り駅までちゃんと帰ってくるんだぞ」
「もぉ、分かってるってば。
ふふっ・・お父さん緊張しすぎっ!
嫁に出すんじゃないんだから。
あはははっ!!」
「嫁っておまえっ・・そ、そんなこと分かってるさ!
・・・はぁ、娘にまでからかわれちゃ、面目丸潰れだな」
 私が笑うと、お父さんは頭を掻いた。
 そうこうしてるうちに車は集合の駅までついて、ロータリーに停車した。
「スマホ、財布しっかり持ったか?
何かあったらすぐ連絡しろよ。
いざとなったら、空人君に盾になってもらいなさい」
 真面目な顔して言うお父さんが面白かった。
「あははっ、その“いざ”って時はどんな時なのっ。
もぉー、大丈夫だよ。
それに・・・空人君はちゃんと守ってくれるよ」
 私は身をもってそれを知っていた。
 窓から駅の方を見ると、既に柱の近くに空人君が立っているのが見えた。
 遠くから見てもそわそわしてるのが分かって笑みがこぼれた。
 少し暗くなった気持ちが一気に全快すると、車のドアを開けた。
「送ってくれてありがとう。
行ってきます。」
「未羅ちょっと待ちなさい。」
 私が振り返ると、お父さんは
「浴衣・・似合ってるぞ」
と言った。
「ありがとうっ!!」
 ここでも背中を押された私は、軽い足取りで空人君の元へ向かった。

「おまたせ、空人君。ずいぶん早いね」

◆◇◆◇
 空人君との花火大会でのひと時は本当に楽しいものだった。
 自分が浴衣を着てこなかったことに落ち込む空人君を見て、男としてのレベルがまた上がったなと感じた。
 ついに外見まで気にするようになったか、と微笑ましく思った。
 それに、浴衣の私を見て、目を泳がせてる空人君は可愛かった。
 分かり易く動揺してるその姿を見て、お母さんの浴衣を着てきてよかったと心から思った。
 会場まで移動している時は、空人君にドキドキした。
 私のうなじや唇をチラチラと見てたの、私気付いてたよ。
 空人君も男の子なんだなって思ったし、恋人としてそういう風に見てもらえるようになったことを嬉しく思った。
 綿あめをあげようとしたとき、あーんされるのが恥ずかしくて、不自然に手で受け取るのも可愛かった。
 ほんの数時間に色々な空人君が詰まっていた。
 可愛い姿や成長した姿、男の子らしい一面にかっこいい横顔。
 それらは見慣れたはずなのにどこか新鮮で、どのシーンを切り取っても見飽きたと感じることなんてなかったし、何かしら新しい発見があった。
 でも、一番驚かされたのは空人君からキスをしてくれたことだった。
 用意周到なことに二人きりの“特等席”まで準備して、それだけで驚きを隠せなかったのに、さらにキスまでしてくれるなんて。
 結局この花火大会の最後の瞬間は“一度”も見れなかったなぁ。
 ほんとは私からしようと思ってたのに。
 この日、私は“屋上の日”と同じように一周目をなぞろうとしていた。