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 正解を導き出すのに必要な材料は既に揃っていたものの、心の準備というものが出来ていなかった。
「今日、日が暮れる頃に教室で」
 空人君がそう言ってきた時はもう何も考えられなかった。
 まったくの予想外だったのだ。
 メッセージでもなく、放課後でもなく、まさかクラスメイトの前で言ってくるとは。
 壱也君の言葉の意味が今わかった。
 メッセージならゆっくり考えて返信すればよかったが、みんなが見ている場ではそんな時間がなかった。
 とはいえ、断る選択肢などはなから持ち合わせていなかった私は「わかった」と答えるしかなかった。
 日が傾いた放課後の教室はとても懐かしく感じられた。
 空人君の声も懐かしかった。
 でも、空人君の話し方に懐かしさは感じなかった。
 まるで別人のようだった。
 こう言えば、こう返ってくる。
 そういった予想が全くと言っていいほどに通用せず、話の展開は私の思う方向に進まなかった。
「またそうやってブレーキを掛けるの?」
 私が、空人君の思いに応えられないと牽制すると、押し返された。
 そして空人君はこう続けた。
「いつも肝心なところでブレーキを掛けるよね。
最近分かったんだ。
屋上で話したあの日、僕は冬野に対する自分の気持ちに気付いた。
・・・ごまかしきれなくなったって言う方が正しいか。
その時、冬野は僕の気持ちに気づいて戸惑ってたよね?
あの時は冬野の様子を見て、ただそれだけで断られてしまったと自分で決め付けたんだ」
「そう、そうだよ。
断ったの。だから―――」
「ううん。そうじゃない。
今は僕の話を聞いて?」
 もはや、反撃すら許してもらえなくなっていた。
「でもさ、それじゃ説明がつかないことが多すぎるんだ。
君も僕との時間を楽しんでいた。
それは間違いないよね?」
「それは・・・うん。
楽しかった」
 変なプライドがある私は、嘘だけはつけなかった。
「君が単に僕の気持ちに応えられないだけだとしたら、なんでいつもいつも苦しそうな顔をするの?
なんでそうやって助けを求めるみたいに、僕にその顔を見せるの?
初めて会った時や、記憶や夢の話をした時もそう。
僕に何かを伝えたいのに寸前でそれをいつも押し殺してるような顔を僕は何度も見てきた」
「違う!違うの!私は―――」
「冬野は嘘をつくのが下手だ。
ねえ、今回だけは冬野の本当の気持ちを聞かせてほしい。
ちょっと強引すぎるのは分かってる。
でも、もうずっとモヤモヤしたままなのは嫌なんだ」
 今までに聞いたことがないくらい芯の通った声で、真っ直ぐ私の目を見据えて、空人君は言った。
 反撃くらい許してよ。
 ほんとに空人君なの?
「何それ・・・。訳わかんない。
こんなの空人君じゃない。
こんなの私の知ってる空人君じゃないっ!!」
 “一周目”と“二周目”の目を疑うような変化に私は対応できなかった。
「冬野が知ってる僕・・・?
ま、まあ・・・もちろんそれなりに一緒に過ごした時間はあるけど、まだまだお互い知らない一面なんて多いんじゃないかな?
現に僕も冬野について知らないことは多いだろうし―――」
「知ってるよ!!・・・知ってるのっ!!
だって・・・だって私はずっと空人君の―――」
 恋人だったから。
 それを言おうとした私は喉がグッと閉まるような思いをして、我に帰った。
「・・っ・・・空人君のこと見てたから・・・」
 これしか言えない。
 どこまでも曖昧な自分自身に怒りを覚えて、涙がこぼれた。
「なんで?・・・どうして?
どうして私はこんなに我慢してるのに空人君はそうやって私の人生に、私の選択の中に無理やり入り込んでくるの?
私は・・・私は近くで友達としてあなたを見ていられるだけでいいの・・。
近くで空人君に訪れる幸せのかけらを少し分けてもらえればそれでいいのっ!
もうそれが私に許される限界だって・・そう決めたの」
 確信に迫らない程度の言葉を選びながら、出来る限り自分の思いを言葉にした。