「ねぇ、お母さんはお父さんのこと好き?」
「・・・えぇ、好きよ」
 一瞬驚いた顔をして、その後静かに答えた。
「私ね、・・・好きな子がいるの」
「えぇ」
「でも、色々あって最初は彼に近づくことすらしなかった。
それが正しいことだと思ってたから。
というか今もそうだと信じてる。
でもね、なんというか・・・私の中にはもう一つの感情があって・・
彼から近づいてこられると、どうしても拒めないし、自分の意思が全く通用しなくなっちゃうの。
それでも、自分の意志を貫こうとすると今度は何だか、私は“それ”を言い訳にしているだけな気がしてきちゃって、もうよく分からなくなってる。
何言ってるか分からないよね。」
 お母さんは一口ホットミルクをすすった。
「・・お父さんにはね、恋人がいたの。
私はそんなお父さんと出会って恋をした。
もちろん奪う気なんてさらさらなかったから、自分の気持ちは押し殺していたわ。
でもね・・、お父さんも私に惹かれていることは、私も気付いていたの。
知っていて、お父さんと会うときに心を弾ませていた。
悪い女よね。
それで最終的にはお父さんから告白してきて、私は断れなかったの」
 そんなエピソードがあるとは知らなかった。
「でもね・・・今はそれでよかったと思っているわ」
「なんで、そう思うの?」
 私が聞くと、お母さんはもう一度ホットミルクをすすり、カップを空にした。
「“正解”なんて思いの数だけ存在するわ」
 お母さんは笑顔でそう言った。
 ホットミルクを飲み終えた私は、もう一度ベッドに入った。

『しなければいけないこととしたい事の妥協点だってあるかもしんない。
しなければいけないことを百パーセントこなしつつ、したいことを四十パーセントくらい出来る方法的なのが』

『矛盾を抱えたままでも、人は案外前に進めるんだ』

『“正解”なんて思いの数だけ存在するわ』

 この三つの言葉が頭の中をぐるぐると駆け回っていた。
 体がホカホカしている。
 すぐに眠気に襲われた私は目を閉じた。
 夜明けはもう近かった。