◆◇◆◇
 ある日、私は友達に誘われて放課後にカラオケに行くことになった私は、みんなで話しながら昇降口に向かっていた。
 そして、廊下の曲がり角で私は一際がっしりした体型の男の子とぶつかった。
「あ、すいませ―――」
「あれ、未羅ちゃんじゃん。
空人見なかった?」
 その男の子は壱也君だった。
 なんか、嫌な予感がした。
「見てないよ」
「あれ?まじか。
未羅ちゃんに聞けばわかると思ったのになぁ~」
 壱也君は頭をガシガシと搔きながら言った。
 もぉ、やっぱり。
 そのわざとらしい演技にイラっとした。
 そして、友達は皆疑問の表情をを浮かべていた。
 妙な沈黙が生じた。
「・・ごめん!ちょっと先行ってて」
 私がそう言って友達を遠ざけると、壱也君は私にしか見えないように舌を出した。
「もぉ、さっきのなに?!」
 人気のない場所までたどり着くや否や、私は壱也君を問い詰めた。
「いやー、ごめんごめん。
ちょっと強引すぎたな。」
 相変わらずヘラっとしている。
「ちょっとどころじゃないでしょ!
みんながこっち見てたじゃ―――」
「空人ほんとに変わったよ」
 私が言い切る前にそう言った壱也君の顔はいつの間にか真剣になっていた。
「・・確かにそうかもしれないけど、それが―――」
「もうきっと未羅ちゃんの予想通りには動かない。」
 また、私の言葉を遮った。
「もう私の予想って何よ」
 私は呆れるよたように言った。
「これから選択を迫られるだろうから、ちょっとアドバイスを・・ね」
 壱也君はニヤリとしながらそう言った。
 何の話か全く理解できなかった。
「はぁ・・・選択って何よ。
あとアドバイスって?」
 私が貧乏ゆすりをしながら聞くと、壱也君はこう言った。
「矛盾を抱えたままでも、人は案外前に進めるんだ」
「もぉ・・ほんとに何の話?
全く意味が―――あ、ちょっと」
「今日はそんだけ。
じゃあ、カラオケ楽しんで」
 最後まで私の言葉を遮り続けた壱也君は、あっという間に行ってしまった。
◆◇◆◇
 その日の夜は、うまく寝付けなかった。
 カラオケで歌っている時も、帰り道も、お風呂に入っている時も、夜ご飯を食べている時も、ずっと壱也君の言葉が頭から離れなかったのだ。
 なんとなくリビングに行って電気をつけてみる。
 時刻は夜三時を回っていた。
 十一月に入ったばかりだが、夜はなかなか寒くて、床の冷たさがじわじわと指先から私の体を侵食していた。
 寒かったが、部屋に行ってもやることがない私は、ホットミルクを飲むことにした。
 ミルクをレンジでチンしてはちみつとレモン果汁を適量入れる。
 これは、私が小さい頃から冬になるとお母さんが作ってくれたものだ。
 ゆっくりとかき混ぜ香りを楽しんでいると、横から声がした。
「あら、未羅だったの。
物音がするから、誰かと思ったわ」
「あ、お母さん」
「なに、あんた寝れないの?」
 お母さんは、思い当たる節があるようにニヤッとして聞いてきた。
「うん、なんかね」
「そっかぁ。
ねえ未羅、私にも一杯作ってくれる?」
 そう言われた私は、もう一杯作ってお母さんに渡した。
「はい。お母さんが作るやつよりだいぶ味は濃いと思うけど」
「だってあなた小さい頃、いつもこっそりはちみつ追加してたものね」
 微笑みながらお母さんが言った。
「バレてたんだ」
「当り前よ。
あなたのことで知ってないことなんてないんだから」
 胸がじんわりと温かくなった。
 リビングにホットミルクをすする音が二つ響いていた。
「あなた、何かあったの?」
 お母さんが唐突に聞いてきた。
「何かって?」
「何かは何かよ。
あなた、朝家から出て行った時と、家に帰ってきた時でまるで別人のように顔つきが変わっていたから」
 さっきの笑みはそのことを考えていたせいらしかった。
「はぁ・・・こんなんじゃバレて当然だよね」
 私が観念したように言うと、お母さんは
「まあ、大抵は私以外の人でも気付くくらいあなたは顔に出やすいけどね」
と言った。
 これも否定はできなかった。
 その後お母さんは喋らなくなり、私の言葉を待っているようだった。