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 その後、身の置き場のないような雰囲気を上手く拭えなかった私たちはいつの間にか本を読んでいた。
 というより空人君がそうし始めたから、私もそれを理由にして読んでいるふりをすることができた。
 もちろん内容なんて頭に入ってこなかったのでページを何となく捲りながら、私は次どうするかを考えていただけなんだけど。
 ほんとにどうしようもないと思うのだが、これでもまだ自分の意思を貫こうとしている自分がいた。
 どうしても、あの言葉だけは送ってあげたい。
 送って、それで終わりにしよう。
 もう何回目だろう。
 自分でも自分を信用できないけど、無理やり事故の記憶を頭で再生して自分を奮い立たせた。
 そうすればいつもより幾分かは自分の意志が固くなるような気がした。
「そういえばさ、空人君の名前の由来って何なの?
漢字が変わってるよね。」
 一度静かに深呼吸をして切り出した。
「・・・え?由来?
あははっ・・他に話題無かったの?」
 空人君はどうやら私を不器用だと思っているらしい。
 もうっ、人の気も知らないで。
「いいから教えて」
 私はむすっとしながら言った。
「え~、言う必要ある?それ」
 空人君は予想通り嫌な顔をした。
 嫌だよね、ごめんね。
 でも、すぐにその名前好きになれるから。
「うん、気になったから知りたいの。
教えて?」
「んー、特に面白い意味なんて込められてないよ?」
「名前の由来に面白さなんて必要ないよ」
 私がそう言うと、空人君は小さなため息をついた後、こう言った。

「えーっと・・・秋晴れの日に、生まれたから」

 それを聞いた途端、熱いものが込み上げてきた。
 俯き、拗ねたような顔をした彼を見て思う。
 何回やり直せたとしても、どんな選択をしたとしても、これだけはきっと変わらないんだろうなぁ、と。
 それを知れたこと、そしてその“呪縛”から救ってあげる役目を私が果たせることに、私の心は満たされた。
 その後、その名前が空人君にぴったりだと言った私に対して、彼はだぜそう思うのかと聞いてきた。
 ほんとは「名前通りのそんなあなたが魅力的だった」と伝えたかった。
「だって空人君、実際は秋好きでしょ?」
 これが精一杯。
 でもそう思うのも事実だから、これで許して?
 その問いかけに対して空人君は少し考えた後、イチョウの木を眺めながら
「まあ、嫌いじゃないかな」
と呟いた。
 やっぱり好き。
 どうしようもなく好き。
 その横から見てわかる切れ長な目も、風に揺れるくせっ毛も、意外と素直なとこも、全部全部・・・。

「これで最後だから・・・。」

 都合よく吹き上げてくれた突風に言葉を乗せた。

「わぁ、風すごいね・・・。
ねえ、空人君!今から言うことしっかり聞いて!

私はね・・・私は空人君の名前、好きだよ!大好き!その名前、私は空人君の為だけにある気がするのっ!」

 思いの限りをこの三行に尽くして、あなたの名前に花束を。