「もうっ。
一応ちゃんと褒めてるつもりなんだけどっ。
大体それを見抜かれてる時点で、私はもう頭が上がりません」
 一方私も本を眺めながら、肘で壱也君を小突く。
「うっ・・ごめんって。
でもまぁ、あれだ。・・うん。
最初はそんな奴に空人が騙されたりしねーか心配だったけど、途中から未羅ちゃんの空人を眺める顔を見て安心したわ」
 それを聞いた瞬間、顔から火が吹きでそうだった。
「もーっ。サイテーっ!!」
 今度は結構強めに鞄で叩いた。
「うわっ、ごめんごめん!
今のは冗談でっ!
って冗談でもないけど・・。
とっ、とにかく!未羅ちゃんのおかげで空人は変わってきてる。
俺の知る限り、今まであいつが俺以外の誰かに心を開いたことなんてなかったし、最近俺といる時も良く笑うようになった。
未羅ちゃんにとってはわからんけど、これは空人にとっては良い意味で一大事だと俺は思う。
でも関わっちまった以上、空人だけを見ることは俺には出来ないっつーか、なんつーか・・。
未羅ちゃんはもっと正直になっても良いんじゃない?
・・・すり減ってるっしょ、今」
 壱也君は、気味が悪いくらい淡々と的を得てきた。
「・・ほんとムカつく」
「ははっ。・・それは失礼」
 少しの沈黙が生じた。
 ちょっと、話してみたくなった。
「ねぇ、壱也君はさ、自分のしたいこととやらなければいけないことが矛盾してたらどうする?」
「・・んー。難しい質問だな。
・・・俺だったら、後悔しない方を選ぶかな」
 壱也君は相変わらず本を眺めながら淡々と答えた。
 何か得られると思ったけど、そんな簡単じゃなかった。
 しょうがないよね。
 聞いたのは私だし。
「・・つまり、やりたいことを選ぶってこと?」
「いや、そうじゃない。
別に“したい事=後悔しないこと”とは限らないだろ?
結果から逆算するんだよ。
やりたいことを貫いても後悔することだってざらにある。
それに、何事も方法はその二択じゃないだろ?
探せば、しなければいけないこととしたい事の妥協点だってあるかもしんない。
しなければいけないことを百パーセントこなしつつ、したいことを四十パーセントくらい出来る方法的なのが」
 その時、壱也君はやっとこっちを見ながら言った。
 すぐにピンときた訳ではないが、重要な何かを得られた気がした。
「ふーん。・・壱也君ほんとに高校生?達観しすぎじゃない?」
「なっ・・失礼なっ!まだピチピチじゃいっ!」
「あははっ。・・でも、ありがと。
なんか軽くなった」
「それはよかった。
てかさてかさ、明日早帰りじゃん?
午後自由じゃん?
空人となんか約束してんの?」
 急に年相応かそれ以下のような喋り口調で壱也君が聞いてきた。
「はぁ・・してませんけど」
 私が呆れたように返すと、
「まじ?空人情けねー。
そんくらい男見せろよなー」
と携帯をいじりながら言った。
「もうっ。
空人君の事悪く言わないでっ」
「へーい。すいませーん。
・・そんじゃ、はい」
 壱也君がそう言うと、私の携帯に通知が来た。
 見れば、それは壱也君からで、見覚えのある四桁の番号だった。
 もうすぐこの時期か。
 0518、私はこの番号知っている。
「・・・なにこれ?」
 初めて見るふりをすると、
「鍵番。特別棟屋上の。
あそこ俺の秘密の場所なんだけど、特別にお前らに貸してやる。
空人との密会場所としてぜひ使ってくれ」
 また壱也君は淡々と言った。
「もうっ。ほんとうるさい。
余計なお世話だっつーのっ!」
 それに対して、私はまた鞄で叩いた。
「・・・でも、ありがとっ。
空人君のこと、誘ってみるねっ!」
 どんな顔をしていたか分からないけど、壱也君は私の顔を見て、
「おうよっ!」
としわくちゃな笑顔を見せた。