そして日が暮れた頃、再び校門をくぐり教室へ向かった。
 教室は窓が開いていて、カーテンがはためいていた。
 空人君の机は月明かりに照らされていて、教室全体をレンズに収めると、その場所はまるでスポットライトが当てられているように見える。
 私が来るのを待っているかのようだった。
 息をのみ、ゆっくりと近づく。
 そして指先でゆっくりと机上をなでると、奥底から温かいものが込み上げてきて、幸福感に包まれた。
 表面には落書きや汚れ一つなく、中に何かが詰まっている感じもない。
 机の脚に若干ガタつきがあるせいで少し傾くと、コンッと軽やかな音を立てた。
 生活感を感じさせないその机から、確かに私は彼を感じた。
 そして恐る恐る机の中に手を伸ばすと、予想通りに“それ”はあった。
 嬉しい気持ちと罪悪感の狭間で、取り出そうとする手が一瞬止まる。
 しかし、既に手中にある誘惑に勝てるはずがない。
 取り出して久しぶりにその表紙を見ると、表現のしようがない感情が込み上げてきて、視界が滲んだ。
 私の中で、空人君と言えばこの小説だった。
 初めて空人君が貸してくれた本であると同時に、初めて空人君が自分から行動を起こしてくれた“きっかけ”でもある。
 そしてこの小説を読んだとき、私は初めて空人君のことを知れた気がした。
 ほんの少しだけど、確実に。
 きっとこの人は“正解”を探してるんだ。
 他人が介在する余地なんて無いほど正しいと信じられる、自分だけの正解を。
 クールな見た目だけど内には秘めた理想があるんだな、と感じたことは今でも忘れない。
 そして同時に魅力的だとも思った。
 そう感じた時に、私は自分の恋心を確信したんだ。
 月明かりに照らされる中、そんなことを思い出した私はパラパラとページをめくりながら、決心をした。
 最後のページをめくり終わったら、今ここで彼に別れを告げよう。
 始まりの物語の終幕と共に、この気持ちも思い出も全て、本の中に閉じ込めてしまおう。
「・・・さようなら。空人君」
 落ちる前に滲んだ視界を拭き、ページをめくる速度をはやくする。
 風が若干前髪を揺らした。
 そして最後のページに差し掛かった時、誰かの“運命”が教室のドアを開ける音と共に、私の決意を否定した。
 ギリギリで止まった指を固定したままドアの方を振り向くと、私は自分の目を疑った。
 「これは末期症状に違いない。
ついに幻覚が見えるようになるとは」って思いたい。
 本当は分かってる。
 幻覚じゃないことくらい。
 でも、幻覚の方がまだマシだよ。
 そこに居たのは紛れもなく空人君本人で、私の決意を否定したのは他の誰のでもない、彼の運命だった。
 最初は心臓が止まりかけるくらい驚いた。
 こんな時間に、しかも他に誰もいない時に出くわしてしまったら、無かったことになんてできない。
 実際に目が合ったままの時間が五秒間は続いていた。
 後になって考えても、この再会が私にとって良いものだったかどうかは分からない。
 でも、二周目の人生のターニングポイントは間違いなくこの瞬間だと思う。
 だって、どんなに接触してはいけない理由があったとしても、そう感じてしまうことが罪になってしまうとしても、私はこの時“嬉しい”と感じてしまったから。
 一周目で死んで以来、私の中で止まった時は、この“目が合った五秒間”で確かに動き始めた。