「でも、教科書に載るっていうのが条件じゃなかったら、基準がとても曖昧な気がするんですけど」
 僕はまた未羅が次に気になるであろうことを補足して聞いた。
「そこに関しては、ちゃんと明確な条件が存在します。
それは、その未来において“その人が残した偉業や作品、行動が合計百万人以上の人の心に影響を与えること”です」
 確かに数の条件としては明確だが、肝心な部分が曖昧だった。
「心に影響を与える?」
 僕はオウム返しで続けて質問をした。
「はい。そうです。
それも、良し悪しで言うと良い影響に限ります」
「それは、どこからが影響を与えるということになるんでしょうか?
心は目に見えるものではないから、傍からだとその人が影響を受けているのかどうかは分からないんじゃないでしょうか?」
 僕が食い気味で尋ねると、シイナさんはまるで、その質問を待ってましたと言わんばかりの自信満々の表情でこう答えた。
「人の心に及ぼす影響に大小などありません。本当にどんな形でもいいんです。
分かり易い例だと、あなたが朝の街角でティッシュ配りをしていたとしましょう。
そして、たまたま通りかかったサラリーマンに
『お仕事頑張って下さい。』
と言いティッシュを渡しました。
そしたら、その人が心の中で
『よし。今日も一日頑張るか。』
と思いました。
はい。これで今あなたは一人の心に影響を与えました」
「そんなんでいいんですか?」
 僕が驚いたように言うと、シイナさんはこう続けた。
「はい。
あくまで極端な例えですが、これも立派な行いです。
あとカウント方法についてですが、詳しくは社外秘です。
ですが、カウントする技術と方法を我々は所有しているとだけ言っておきましょう」
 本当に胡散臭いことだらけだが、もう既にあり得ないことが実際に自分の身に起こっていたから信じる他なかった。
 もちろん夢だという説もあったが、隣にいる未羅は僕が自分で作り上げた仮想の未羅ではなく、おそらく本人として自我を持っている。
 だとしたらその時点で、同じ夢の中で意識を共有していることになるので、どちらにしてもこの現象の説明はつかない。
「・・・要するに、私たちにはその資格があるんですか?
死なずに・・・空人君が死なないようにやり直すチャンスがあるんですかっ!?」
 未羅は、溜めていたものを吐き出すように叫んだ。
「・・・はい。
あなた方が成し遂げるであろうことは、具体的にお教えすることは出来ません。
告げてしまうとその可能性はなくなってしまうためです。
そこはご了承ください。
ですが、やり直すことは可能です。
うまくいく保証はありませんが、あなた方の行動次第ではそれも可能です。
我々はあくまでチャンスを与えるだけです。
そのチャンスをどう使うかは本人に委ねることが決まりなのです」
 シイナさんは未羅の気持ちを理解した上で、未羅が望んでいる言葉をかけたようだった。
「空人君っ!
ううっ・・っ・・空人君ごめん。
・・っ・・ごめんね。
私が・・・私のせいで空人君が死んじゃった。
それなのに、空人君がせっかく命を懸けて守ってくれたのに、結局私まで死んじゃって・・・こんなにも、こんなにも愚かで馬鹿でごめんなさい!」
 未羅は、大声で泣きながら自責の念をあらわにした。
「そんなの・・・そんなこと気にしてない!
僕は自分で望んで、やりたいようにしただけだから・・そんなに自分を責めるなよ!」
 僕は未羅を強く抱きしめながら言った。
 本当に久しぶりのハグだった。
 こんなことになるなら、もっと未羅に素直になればよかった。
 キスでもハグでも気が済むまですればよかった。
 そうやって後悔していたことが、こうしてできたことに心から救われ、僕も涙が止められなかった。
「・・・戻ろう?二人でやり直そう」
 僕が言うと、未羅は腕の中で泣きながらひたすら頷いた。
「・・・覚悟はお決まりになりましたか?」
 僕らが取り乱している間、ずっと何も言わず待っていてくれたシイナさんが口を開いた。
『・・・はい。やります』
 返事をした二人の声は重なり、強固な覚悟となっていた。