クリスマスに宣戦布告したのがまずかったのか。
サンタクロースを怒らせてしまったのか。
今となっては何がいけなかったのかわからないが、僕たちのこの幸せはもうすぐ一瞬で奪われてしまうのだ。
その時は一生で一度だけだと思っていた死の瞬間が、刻一刻と近づいていた。
映画が始まってから一時間半以上が経過していた。
お互いがお互いのぬくもりにすっかり安心し切ってウトウトしながらも、意識が途切れないように映画をなんとなく眺めていた。
所々記憶が曖昧だが、スクリーンに流れている映像の雰囲気から察するに、もうすぐクライマックスらしい。
そんな時、忍び寄る死の影に先に気が付いたのは未羅だった。
突然ムクっと寄りかかっていた体を起こし、僕の肩を揺さぶった。
「ねえねえ、空人君。
なんか焦げ臭いよ?」
その場の雰囲気にふさわしくないと“異質”な言葉が僕の眠気を一瞬で散らした。
そして、鈍くなっていた感覚を叩き起こし、嗅覚に意識を集中させると、確かに何かが焦げたような臭いが鼻を突いた。
間違っても映画館で嗅ぐことはないと思っていた臭いに嫌な予感がした。
不安そうな顔の未羅に
「ちょっと待ってて」
と言い残して席を立ち、そして閉ざされたシアターの扉に一歩一歩近づく。
まさか、誰も知らせに来なかったんだから、そんなわけない。
普通にあり得ないだろ。
そう自分に言い聞かせるたびに濃くなっていく臭いに、足の力が抜けていくのが分かった。
頼む。
誰かそうじゃないと言ってくれ。
扉の前に立つ頃にはもう祈るしかなかった。
そして、震える手で扉を開けると、ものすごい勢いで真っ黒な煙がシアター内に流れ込んできた。
実際に火事だったら全速力で走ればいい。
さすがに走る速さの方が上だから何とか逃げられるだろう。
未羅の元を離れてシアターの扉まで向かう途中、ほぼ確実に火事だと確信していた僕は、祈ると同時に心のどこかで次の一手のことを考えていた。
だが、そんな考えは実に甘かったと扉を開けた瞬間すぐに思い知った。
実際には初めて経験する火事の煙を、想像を絶するほど体は拒絶した。
ほんの少しかすっただけで目には激痛が走り、涙が止まらず、少し肺に入っただけで咳が止まらなくなった。
これは本当にまずい。
生まれて初めて本能が危険信号を発信していた。
「っ・・げほっげほっ・・げほっ!
・・・未羅!!!」
無意識に大声で未羅の名前を呼ぶと、
「空人君っ!!!」
と全てを察した未羅は叫ぶように僕の名前を呼び返して、全速力で駆け寄ってきた。
そして僕に飛びつくころには、既に大粒の雫が何粒も頬を伝っていた。
「・・大丈夫。大丈夫だから!」
「・・・・」
完全にパニックに陥ってしまった未羅は、黙ったまま僕の言葉に頷くことしかできず、泣き声を漏らさないようにするのがやっとの状態だった。
必死に励ましながら脱出の術を探すため、焦る心を抑えつつ思考を巡らす。
・・・そうだ!
その時、僕の頭に一筋の光が差し込んだ。
確か映画館にはスクリーン横の暗幕裏に非常口があったはずだ。
危機的状況で冷静な判断が出来た自分を心の中で称えながら、未羅と一緒に暗幕をめくりながら扉らしきものがあるか探した。
「あった!」
予想通りの場所にあり、安堵して未羅と扉を開けようとしたが、その希望はすぐ打ち砕かれた。
鍵らしきものはないのに扉はびくともしなかったのだ。
―――――――ドンッ
「おいふざけんなよ!!」
思わず感情的になり、扉を殴ってしまった。
極限状態とあまりの理不尽さで我を忘れそうになったが、扉を殴った音に怯え小さくなった未羅の姿が、ギリギリ自分を保たせてくれた。
僕しかいないんだ。
僕がしっかりしなければ。自分にそう言い聞かせる。
その後、残されたわずかな時間で考えられる限りの可能性を探してみたが、方法はやはり一つしかないようだった。
そうなると、もしもの場合が嫌でも頭をよぎる。
サンタクロースを怒らせてしまったのか。
今となっては何がいけなかったのかわからないが、僕たちのこの幸せはもうすぐ一瞬で奪われてしまうのだ。
その時は一生で一度だけだと思っていた死の瞬間が、刻一刻と近づいていた。
映画が始まってから一時間半以上が経過していた。
お互いがお互いのぬくもりにすっかり安心し切ってウトウトしながらも、意識が途切れないように映画をなんとなく眺めていた。
所々記憶が曖昧だが、スクリーンに流れている映像の雰囲気から察するに、もうすぐクライマックスらしい。
そんな時、忍び寄る死の影に先に気が付いたのは未羅だった。
突然ムクっと寄りかかっていた体を起こし、僕の肩を揺さぶった。
「ねえねえ、空人君。
なんか焦げ臭いよ?」
その場の雰囲気にふさわしくないと“異質”な言葉が僕の眠気を一瞬で散らした。
そして、鈍くなっていた感覚を叩き起こし、嗅覚に意識を集中させると、確かに何かが焦げたような臭いが鼻を突いた。
間違っても映画館で嗅ぐことはないと思っていた臭いに嫌な予感がした。
不安そうな顔の未羅に
「ちょっと待ってて」
と言い残して席を立ち、そして閉ざされたシアターの扉に一歩一歩近づく。
まさか、誰も知らせに来なかったんだから、そんなわけない。
普通にあり得ないだろ。
そう自分に言い聞かせるたびに濃くなっていく臭いに、足の力が抜けていくのが分かった。
頼む。
誰かそうじゃないと言ってくれ。
扉の前に立つ頃にはもう祈るしかなかった。
そして、震える手で扉を開けると、ものすごい勢いで真っ黒な煙がシアター内に流れ込んできた。
実際に火事だったら全速力で走ればいい。
さすがに走る速さの方が上だから何とか逃げられるだろう。
未羅の元を離れてシアターの扉まで向かう途中、ほぼ確実に火事だと確信していた僕は、祈ると同時に心のどこかで次の一手のことを考えていた。
だが、そんな考えは実に甘かったと扉を開けた瞬間すぐに思い知った。
実際には初めて経験する火事の煙を、想像を絶するほど体は拒絶した。
ほんの少しかすっただけで目には激痛が走り、涙が止まらず、少し肺に入っただけで咳が止まらなくなった。
これは本当にまずい。
生まれて初めて本能が危険信号を発信していた。
「っ・・げほっげほっ・・げほっ!
・・・未羅!!!」
無意識に大声で未羅の名前を呼ぶと、
「空人君っ!!!」
と全てを察した未羅は叫ぶように僕の名前を呼び返して、全速力で駆け寄ってきた。
そして僕に飛びつくころには、既に大粒の雫が何粒も頬を伝っていた。
「・・大丈夫。大丈夫だから!」
「・・・・」
完全にパニックに陥ってしまった未羅は、黙ったまま僕の言葉に頷くことしかできず、泣き声を漏らさないようにするのがやっとの状態だった。
必死に励ましながら脱出の術を探すため、焦る心を抑えつつ思考を巡らす。
・・・そうだ!
その時、僕の頭に一筋の光が差し込んだ。
確か映画館にはスクリーン横の暗幕裏に非常口があったはずだ。
危機的状況で冷静な判断が出来た自分を心の中で称えながら、未羅と一緒に暗幕をめくりながら扉らしきものがあるか探した。
「あった!」
予想通りの場所にあり、安堵して未羅と扉を開けようとしたが、その希望はすぐ打ち砕かれた。
鍵らしきものはないのに扉はびくともしなかったのだ。
―――――――ドンッ
「おいふざけんなよ!!」
思わず感情的になり、扉を殴ってしまった。
極限状態とあまりの理不尽さで我を忘れそうになったが、扉を殴った音に怯え小さくなった未羅の姿が、ギリギリ自分を保たせてくれた。
僕しかいないんだ。
僕がしっかりしなければ。自分にそう言い聞かせる。
その後、残されたわずかな時間で考えられる限りの可能性を探してみたが、方法はやはり一つしかないようだった。
そうなると、もしもの場合が嫌でも頭をよぎる。