人は生まれてから死ぬまでの間に幾つもの選択をする。
 そして、選択をするたびに、選ばれなかったもう一つの選択肢の先にあるものとは異なる可能性が姿を現す。
 それは数学で習う樹形図のようなものだ。
 そして、死ぬときにもう一度自分の樹形図を見てみると、選ばれなかった可能性も含め、自分にはこんなにも多くの可能性があったのかと少し感心する。
 それと同時に、人はこんなにも可能性が広がっているのにこの中から、たった一つの最後にしかたどり着けないのか、と少し虚しさも覚える。
 僕のように、死んだタイミングよりもっと未来に、他のたくさんの選択肢が存在したはずの人、言い換えれば、そこで“死ぬ”以外の選択肢が存在した人は尚更だろう。
 だが、死んでしまった人が一度だけ“死ぬ”選択肢以外の可能性を選び直すチャンスがあるとしたらどうだろう。
 そんな好都合な話持ちかけられたら、自ら望んで死を選んだ人以外は大抵の人が興味を持ち、そのチャンスを手にするに違いない。
 実際僕もそうだった。
 しかし、実際それはそう単純で都合のいい話なんかではない。
 何かを選ぶ時は、同時にもう一つの何かを捨てなければいけないのだから。
 よく聞くセリフだが、物事の核心をついていると思う。
 結局、絶対に捨てたくない何かがある場合、人はそこで何度でも同じ選択をするのだろう。
◆◇◆◇
 未羅をかばい、車にはねられた後、僕は意識がまだ途切れていないことに気が付いた。
 しかし、さっきまで感じていた寒さや疲労は全く体に残っていない。
 音もしない。
 視界も真っ暗だ。
 ここはあの世なのだろうか。
 そんなことを考えていた矢先、前方からコツコツと高級そうな靴の足音が近づいてきた。
「葉山さん、おかえりなさいませ。
納得のいく答えにたどり着けましたか?」
 足音は僕の約二メートル前で止まり、優しく僕に語り掛けてきた。
 どうやら、男の人のようだ。
 視界が真っ暗なのは、自分が目を瞑っているからだと気づいたのはこの時だった。
 目を開けようとすると、許容範囲を超えた量の光が目に差し込み、少しひるんだ。
「大丈夫ですよ。
ゆっくり目を慣れさせてください」
 男は再び優しく言った。
 三十秒くらいかかり、ようやく目を開くと、目の前には二十代後半くらいの男性が立っていた。
 髪型は、目にかからないくらいの前髪でしっかりと整えられている。
 身長は170センチ後半くらいで、顔つきは声から連想した通りだった。
 二重で少し目じりが垂れ下がった威圧感のない目元に、癖が無く全体的にまとまった印象を与える鼻と口。
 骨格はシュッとしていて中性的な印象を与えた。
 いわゆる、イケメンだ。
 そして、何よりも気になったのは自分たちが立っているこの空間だった。
 際限がない真っ白な空間。
 音が反響していないのか、音で物との距離感が図れず変な感じがする。
 男との距離は二メートル程だと思っていたが、目を開けたら実際はもっと近かった。
 もっと正確に言えば、実際は際限がないのかもわからない。
 真横に白い壁があると言われても否定できない。
 地面、壁、天井の境が見分けられないほど、同じレベルの白で覆われた空間だった。
 ジロジロと周りを観察をしていると、その男は少し微笑み
「お久しぶりですね、葉山さん」と言った。
 お久しぶり?どういうことだろう。
「あ、あの失礼ですが・・。
僕たち知り合―――」
 多くの理解できない事柄をとりあえず目の前にいるこの男に尋ねようとした僕の言葉を遮るように、頭に強烈な痛みが走った。
 普通の頭痛とは違う。
 内側から痛みがズキズキと溢れ出てくるような感覚で、あまりの痛さに地面に膝をつき頭を抑えた。
「うっ・・、ああぁぁ、くっ・・」
 痛みに悶え、声にならない声を上げていると、内側から溢れ出てくるものが痛みだけではないことに気が付いた。
 知らない光景や音、声が頭の中に溢れ出してきている。
 それは最初、異物のように僕の脳の中に孤立していたが、痛みが治まっていくとともに、馴染みはじめた。
 そして痛みが完全に治まる頃に、僕はそれの正体に気付いた。
 それは、記憶だった。
 誰かのではない。
 他でもない僕の記憶。
 あぁ、全部思い出した。
 もちろん、この男のことも僕は知っている。
「・・・全部、思い出しましたか?」
 男は優しく微笑んだ表情を崩すことなく、膝をついた僕の顔を覗き込むようにして訪ねてきた。
「・・・はい。今思い出しました。
お久しぶりです。シイナさん」
 僕が男の名を呼ぶと、彼、シイナさんは嬉しそうに笑い、こう言った。
「あぁ、よかったです。
それで、“二周目”はどうでしたか?
望む“答え”に・・・たどり着けましたか?」
 それに対する答えは一言では返せない。
 今何が起きているのか。
 ここはどこなのか。
 シイナさんは何者なのか。
 どうして僕は記憶を無くしていたのか。
 何の記憶を無くしていたのか。
 そして、今ならわかる。
 未羅は僕に何を隠していたのか。
 それ等のことに関して、一つ一つ説明していこう。