「未羅、ごめん。
この間の“運命”の話、意見が変わった」
 それを聞いた未羅は俯いたまま体をビクッとさせた
「僕は、やっぱり運命を信じる。
信じたうえで、僕の意見を言う。
もし、それが自分にとって都合の悪いものだったら・・・僕はそれを捻じ曲げる」
 僕が未羅を真っ直ぐ見据えて言うと、
「・・・だめ」
と未羅は無表情でつぶやいた。
「それが、僕の運命だろうが未羅の運命だろうが関係ない。
 もし未羅の運命だったら、僕は厚かましく首を突っ込んでその運命を引っ掻き回すよ」
「・・・そんなのだめだよ」
 さっきより少し強めに未羅は言った。
 顔が徐々に歪んできている。
「これは、僕の勝手だ。
未羅が何と言おうとそうする。
・・僕、実は未羅が転校してくる前日の夜、夢を見たんだ。
未羅と僕が屋上で話した日の一部を切り取った夢。
変だよね。まだ会ったこともないし、先の事なのに」
 それを聞いた未羅は、口を抑えて大粒の涙を流していた。
「今でもあれが何だったのかよくわからない。
予知夢ってやつなのかな。
でも一つだけ確実に言えることがあるとすれば、あの時から信じるべきだったんだ。
世の中には常識じゃ説明がつかないことがあるって。
なあ、未羅が“ある運命”を抱えているなら、僕のこれも運命って呼べるのかな?
あの時の僕は、信じられなかったんだ。
そんな特別な事が存在したとして、それが僕に起こるはずがないって、そう思ってた。
でも、今はこう思うんだ。
それが運命じゃなかったとしても、僕はそれを運命だって言いたい。
そして、未羅を縛っている未羅の運命が本当に存在するなら、その運命から未羅を救いたい」
 僕が言いたいことを一通り終えると、未羅は涙を拭き、息を整えた。
「もーっ、空人君ってば大げさだよ。運命とかそんなのあるわけないじゃん。
あ、もちろん空人君が私に対してそこまで思ってくれてることはすごくうれしいよ?
でも何で勘違いしてるか分からないけど、運命とか私は信じてないし、そんな大層なもの私は抱えてません」
 おかしいように未羅は言った。
 でも、ごまかすにはもう遅すぎだった。
 今の僕にはわかる。
 おかしいように演じているだけだ。
 未羅は今嘘をついている。
「未羅、もう―――――」
 終わりにしよう。
 そう言おうとしたら、未羅は無理やり言葉を遮ってきた。
「いやー、心配させてごめんね?
今日あの後携帯の充電切れちゃってさ、それで電車止まってたんだけど、連絡できなくて。
ほんとごめんね。
また今度埋め合わせさせてもらうからさ、今日はもう風邪ひく前に帰りなよ」
 そう言って、未羅は僕の方へ向かうため対岸から車道に一歩踏み出した、その時だった。

―――――プァーーーーーーーーーン

 “それ”は急に訪れた。
 少し前から見えていた車の光が減速することなく、一歩踏み出した未羅の方へ向かってきた。
 いや、正確には凍った地面のせいで急ブレーキが全く効いていないようだった。
 タイヤがガリガリ氷を削る音と、けたたましいクラクションが鳴り響く。
 未羅は一瞬路面の氷に足を取られ、すぐに回避するのは難しそうだった。
 一方その時、そこには気味が悪いくらい冷静な自分がいた。
 どれくらい冷静かというと、一瞬でその状況をこのように頭で整理できるくらいに、だ。
 時の流れが恐ろしく遅く感じた。
 止まっていると言っても過言ではないだろう。
 そして、未羅との楽しい思い出ばかりが脳裏によぎった。
 なるほど、走馬灯ってやつか。走馬灯は、通常自分が今の未羅のような状況に置かれたときに起こるものだ。
 つまり、死ぬ間際に。
 その瞬間、疲れ切ったはずの全身に漲る力のようなものを感じた。
 あぁ、そういうことか。
 全身が自分の使命を感じ取っていた。
 どうやら、最後は間違いを犯さずに済みそうだ。
 足は今までにないくらい調子がいい。
 よし、これなら大丈夫だ。
 ほぼ止まった時間の中で覚悟を決め、今持ち合わせている全身の力を振り絞り、飛び出した。
「未羅っ!!!!」
―――――バンッ
 一瞬強い衝撃が体を襲い、視界が真っ白に包まれた。
 この時初めて、チェックだらけの答案に一つだけマルが付いた。