タクシーのメーターに目をやると、まだ二千円を超したばかりだったので、僕はもう少し“後悔”を深堀りすることにした。
花火大会の時のような笑顔を惜しみなく見せてくれるようになったのは、付き合い始めてからだった。
この笑顔を“笑顔B”としよう。
それまでは、何かを押し殺し我慢しているような、悲しみを孕んだ笑顔を見せる事の方が多かった。
そして、これが“笑顔A”。
最初はずっとそうだった。
付き合い始めてからの楽しい日々に埋もれてすっかり忘れ去っていたが、僕が未羅に対して初めて抱いた印象は“何かを隠している女の子”だった。
ここまで思考が至ったら、後は早かった。
今までは何とも思っていなかった未羅の行動や何気ない言葉の一つ一つからも次々と違和感は浮上してきて、それらの点同士が急速に線として繋がり始めた。
記念日の日、
「何回覚悟が決まったって思っても、時間が経てばまた同じことの繰り返し」
と未羅は言っていた。
“覚悟”とはなんだろう。
・・運命か?この間の運命の話が頭をよぎった。
だとしたら、未羅は何かしらの方法で自分の運命を知ったということになる。
運命など本当に存在するのか、そこをまず考えなければいけないことは百も承知だが、そんなところまで細かく思考を巡らす時間はなかった。
今は広く浅く、なるべく多くの事柄について、考慮しなければならない。
付き合い始めた日、未羅は
「うん、私頑張ったんだよ。私決めたよ」と言った。
付き合い始めた日のことは今でも鮮明に覚えている。
ここは間違いなくその“覚悟が決まった”瞬間だろう。
この日を境に、未羅の笑顔から迷いとも言えるような切なさが消えた。
・・・“覚悟”が笑顔に現れていたとすれば?
つまり、あの“笑顔B”が覚悟の象徴で、“笑顔A”が迷いの象徴だったとすればどうだろう。
僕はもしかしたら重大な勘違いをしていたのかもしれない。
僕が好きだった彼女の“幸せの象徴”のような笑顔は、思っていたのとは全く異なる意味を持つサインだったのではないだろうか。
疑いが確信に変わろうとしていた。
花火大会の後から未羅は笑わなくなり、笑ったとしてもそれは“笑顔A”だった。
未羅は花火大会の日、何かが原因で一度決まった“覚悟”がまた揺らいだのだろう。
でも、最近はまた“笑顔B”に戻っていた。
いつからだ?
僕はまるで一つのビデオを逆再生するかのごとく、過去に思考を巡らせた。
・・記念日の次の日からだった。
そして、その笑顔は最後に未羅と会ったときまで・・・。
この瞬間、強烈な悪寒が体を襲った。
さすがにその運命が何なのかは本人に確かめるまで分からないが、この仮説が正しければ、それは何か良くないもののように思えてならない。
推理小説の仮説みたいに、真実をそのまま言い当てられることなんてほとんどない。そう、これはあくまで仮説だ。
そう言い聞かせる自分自身の手は、見たことがないくらいに震えていた。
「運転手さん、急いでください!」
四千円を過ぎたあたりから全く動かないメーターを凝視しながら叫んだ。
「そうは言っても、この雪じゃどうにもならないよ」
そう言われ、外を見ると吹雪と言っていいくらいの勢いで雪が吹き荒れていた。
昼間に溶けかけていた路上の雪に覆いかぶさる形で再び積もり始めていて、車もゆっくり走らざるを得ない状況らしい。
気付けばタクシーは渋滞のど真ん中にあった。
「ここでいいので降ろしてください!」
危ないからと止める運転手を振りほどき、どこかも分からない場所でタクシーを飛び降りた。
雪のせいではっきりと視認できるのは数メートル先までで、辺りを見渡しても何も分からなかった。
携帯を見てみると、何とか電波は立っている。
マップを開き、未羅のマンションまでの道のりを調べると五キロ以上もあった。
時計は既に六時を回っていて、驚くほど寒い。
だが、今できることは一つ。
僕は意を決して走り始めた。
花火大会の時のような笑顔を惜しみなく見せてくれるようになったのは、付き合い始めてからだった。
この笑顔を“笑顔B”としよう。
それまでは、何かを押し殺し我慢しているような、悲しみを孕んだ笑顔を見せる事の方が多かった。
そして、これが“笑顔A”。
最初はずっとそうだった。
付き合い始めてからの楽しい日々に埋もれてすっかり忘れ去っていたが、僕が未羅に対して初めて抱いた印象は“何かを隠している女の子”だった。
ここまで思考が至ったら、後は早かった。
今までは何とも思っていなかった未羅の行動や何気ない言葉の一つ一つからも次々と違和感は浮上してきて、それらの点同士が急速に線として繋がり始めた。
記念日の日、
「何回覚悟が決まったって思っても、時間が経てばまた同じことの繰り返し」
と未羅は言っていた。
“覚悟”とはなんだろう。
・・運命か?この間の運命の話が頭をよぎった。
だとしたら、未羅は何かしらの方法で自分の運命を知ったということになる。
運命など本当に存在するのか、そこをまず考えなければいけないことは百も承知だが、そんなところまで細かく思考を巡らす時間はなかった。
今は広く浅く、なるべく多くの事柄について、考慮しなければならない。
付き合い始めた日、未羅は
「うん、私頑張ったんだよ。私決めたよ」と言った。
付き合い始めた日のことは今でも鮮明に覚えている。
ここは間違いなくその“覚悟が決まった”瞬間だろう。
この日を境に、未羅の笑顔から迷いとも言えるような切なさが消えた。
・・・“覚悟”が笑顔に現れていたとすれば?
つまり、あの“笑顔B”が覚悟の象徴で、“笑顔A”が迷いの象徴だったとすればどうだろう。
僕はもしかしたら重大な勘違いをしていたのかもしれない。
僕が好きだった彼女の“幸せの象徴”のような笑顔は、思っていたのとは全く異なる意味を持つサインだったのではないだろうか。
疑いが確信に変わろうとしていた。
花火大会の後から未羅は笑わなくなり、笑ったとしてもそれは“笑顔A”だった。
未羅は花火大会の日、何かが原因で一度決まった“覚悟”がまた揺らいだのだろう。
でも、最近はまた“笑顔B”に戻っていた。
いつからだ?
僕はまるで一つのビデオを逆再生するかのごとく、過去に思考を巡らせた。
・・記念日の次の日からだった。
そして、その笑顔は最後に未羅と会ったときまで・・・。
この瞬間、強烈な悪寒が体を襲った。
さすがにその運命が何なのかは本人に確かめるまで分からないが、この仮説が正しければ、それは何か良くないもののように思えてならない。
推理小説の仮説みたいに、真実をそのまま言い当てられることなんてほとんどない。そう、これはあくまで仮説だ。
そう言い聞かせる自分自身の手は、見たことがないくらいに震えていた。
「運転手さん、急いでください!」
四千円を過ぎたあたりから全く動かないメーターを凝視しながら叫んだ。
「そうは言っても、この雪じゃどうにもならないよ」
そう言われ、外を見ると吹雪と言っていいくらいの勢いで雪が吹き荒れていた。
昼間に溶けかけていた路上の雪に覆いかぶさる形で再び積もり始めていて、車もゆっくり走らざるを得ない状況らしい。
気付けばタクシーは渋滞のど真ん中にあった。
「ここでいいので降ろしてください!」
危ないからと止める運転手を振りほどき、どこかも分からない場所でタクシーを飛び降りた。
雪のせいではっきりと視認できるのは数メートル先までで、辺りを見渡しても何も分からなかった。
携帯を見てみると、何とか電波は立っている。
マップを開き、未羅のマンションまでの道のりを調べると五キロ以上もあった。
時計は既に六時を回っていて、驚くほど寒い。
だが、今できることは一つ。
僕は意を決して走り始めた。