「私、またどうしていいか分からなくなったの」
 少しの間止まっていた時間が動き始めた。
「すべき事と、したい事の差があまりにも大きすぎて、いつもその間に挟まって動けなくなるの。
何回覚悟が決まったって思っても、時間が経てばまた同じことの繰り返し。
小説のヒロインみたいに健気に一本の芯を心に持って行動することなんて、到底私にはできない。
ふふっ・・私の芯はいつもブレブレ。
・・今私ね、いっそもう空人君の事嫌い、って言おうか迷ってた。
・・けどごめん。他の嘘はつけても、それだけは言えないや。
私は、空人君の事、好きだよ?
最初に言ったよね。
ずっと前から空人君のこと好きだったって。
それは、今も昔も変わってない。
この先もきっと変わることはない。
でもね、それだけだとなかなか上手くいかなくてさ・・。
ただそれだけの話。
空人君は全く関係ないのにね。ごめんね」
 未羅の言葉を聞き、嫌な可能性がまず一つ僕の中に浮かんできた。
「な、なあ、それって何か悪い病気とかじゃないよな?」
 未羅の言葉から導き出された一つの推測だった。
「ふふっ・・そっか。
今の言い方だとそう思っちゃうよね、普通。
安心して?私はいたって健康です。
これはほんとだよ」
 一瞬、前までの未羅に戻った気がした。
「あ、いいこと思いついた。
ねえ、空人君。
仮に私が重い病気を患っていたとしてら、空人君はどうする?」
 品定めをするような眼で問いかけてきた。
「余命があと僅かしか残ってないなら、未羅のしたいことをするかな。
未羅がいきたい場所があるなら、学校を休んででも一緒に行く。
それか、家族との時間を大切にしたいっていうなら、一切干渉しない。
それに、何か欲しいものがあるならあげるし、食べたいものがあるなら用意する。
とにかく、君のわがままをすべて受け入れる、かな」
「おぉー、至れり尽くせりですな」
 満足したような顔で未羅は言った。
「まあ、世の中の彼氏なんて大体同じようなこと言うでしょ」
「まあ、確かにありきたりだね」
「バッサリ言うなよ」
「あははっ。ごめんね」
 このような会話をしたのは本当に久しぶりだった。
 お互いに気を使うことなく飾らない会話をする。
 そして、その中にさりげなく溶け込んでいる新しい表情、見慣れたけどお気に入りの表情、そういうものに気付いて幸せを感じる。
 とても久しぶりで懐かしく感じると同時に、ふと頭に浮かんだことがあった。
 それは、僕が常に感じていて、僕にとっては極々普通のことだ。
 しかし、この数か月、お互いの関係性や未羅が何を感じているのかについて一人でゆっくりと考える時間があったからこそ、改めて感じたこと。
 それはきっと、この気持ちは何なのかと常に意識していたらきっと一生言葉にできないだろう。
 幸せでいてほしい。とは少し異なる。
 未羅がその状態でいる時が一番僕は安心していられる。
 安らいでいられる。
 そんな、とても純度が高い気持ちだった。
「なあ、未羅。
やっぱり君には痛みを感じてほしくない」
 幸せにしてあげるより、悲しい思いをさせない。
 極端な例えだと、喜怒哀楽それぞれの絶頂を目まぐるしい頻度で感じるくらいなら、六十パーセントくらいの控えめな幸せを一定に感じていてほしい。
 たとえその代わりに幸せの絶頂が一生訪れないとしても。
 世の中の恋人がいる人とは少しずれた考えかも知れないが、これが僕が未羅に対して感じることのすべてだった。