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 夏祭りの日を境に、僕は未羅と少しずつ距離を感じるようになった。
 冷めた態度をとるようになったとか、すれ違いが起きるようになったとかそういうことではない。
 何というか、僕たちが時間を掛けて築き上げてきた何かが少しずつ崩れていくような気がした。
 もう少し分かり易く言うと、ここまで親しくなった道のりを逆走しているような感じだった。
 他人から知り合いへ、知り合いから友達へ、友達から友達以上恋人未満へ、そして恋人へ。
 そうやって築き上げてきたものがそのまんま後ろ向きで歩くように逆行しているような感覚だ。
 その兆候が表れたのは、高校三年の夏の終わり、未羅が転校してきてからちょうど一年が経つ頃だ。
 メッセージの返信が三十分後から数時間後、数時間後から一日後、一日後から数日後、というように徐々に遅くなった。
 直接会って話をする時は何も変わらなかったので、その兆候に気付くのが少し遅れた。
 というより確信が持てなかった。
 たかがメッセージくらいで決め付けるのは良くない、と最初は気付かないふりをしていた。
 しかし、毎日のように昼休みに僕の教室まで会いに来ていたのが来なくなり、一緒に帰ろうと言っても用事があるからと断られるようになり、僕に笑顔を見せなくなり、ようやく確信したのは、十一月二日、僕らの記念日、冬の始まりだった。
 その日の学校の帰り道、記念日だからたまには一緒に帰ろうとしつこく誘い、やっとの思いで同意を得て、僕らは未羅の家まで向かっていた。
 一緒に帰るのは一か月以上ぶりだった。
 灰色の冬空の下、少し離れた位置で二つのローファーの音がコツコツと響いている。
「今日記念日だな」
「うん、そうだね」
 その返事をしているのは、未羅の声をした別の誰かのように感じられた。
「たまには、少し寄り道して帰ろうか。
最近、この先の大通りにおしゃれなカフェが出来たみたいだよ」
「うん、それも悪くないかもね」
「・・・やっぱ、また今度にするか。
何か雨降りそうだし」
「うん、そうしようか」
 返事をしているのは、相変わらず“別の誰か”だ。
 あなたのことがもう好きではない、という感情が込められた冷めた未羅自身の声の方がまだましだと思う。
 さっきから僕の耳に響いているのは、まるで未羅の声質を基に作られたAIの音声のような声だった。
 未羅と話がしたい。
 いくらそう思っても、どこまでも同じトーンで無機質な返答しか返ってこないことに歯痒さを覚え、
「なあ、もう僕の事嫌いか?」
と聞きたくもないことを口にしてしまった。
 その瞬間、未羅の足がスッと止まり、長い沈黙が生じた。
 聞きたくはないが、ずっとこのままの状態でもいられない。
 遅かれ早かれ知らなければいけないことだと割り切り、僕も黙ったまま未羅が口を開くのをただただ待っていた。
 道路を挟み反対側にある比較的に広い公園で、小学生たちが入り口付近にランドセルを投げ捨てたまま遊んでいる。
 男女分け隔てなく無邪気にケイドロをしているようだった。
 なぜかその光景がとても眩しく感じられた。
 そして、「男子次警察ね!」などと楽しそうに叫ぶ声は、道路をたった一本挟んだだけの対岸にはあまりにも寂し気に響いていた。