「・・今日は予想外のことだらけだよ。計画してたこと全部空人君に邪魔されちゃったなぁ」
 そういう未羅の顔は真っ赤だった。
 ここまで照れた顔は初めて見るかもしれない、と思うくらい真っ赤だった。
「いつも貰いっぱなしじゃ癪だからね」
「貰いっぱなし?」
「いつも未羅の表情を見ていると僕まで幸せになるんだ。
だから、勝手に色々貰った気になってるんだよね。
だから、今日ここに連れて来たのはそのお礼。
キスは自分でも予想外だったけど、・・まあこれもお礼ってことで。」
「もぉ、そんなのお互い様じゃん。
そんな恥ずかしいこと面と向かって言わないで。」
 そう言い、また軽くデコピンをしてきた。
 反射的におでこを一瞬抑えて、その手を再びどかすと、そこには久しぶりに見る“あの表情”があった。
 優しさと切なさに満ちた笑顔。
 目にはもうそれ以上貯められないくらい涙が溜まっていた。
だが不思議と前みたいに違和感を抱く事はなかった。
 それは、きっとお互いに同じ気持ちでいるからだろう。
 通じ合っているからだろう。
 そう信じて疑わなかった。
「・・もう少しだけここにいよっか」
「うん。そうしよっか」
 未羅はその言葉を待っていたかのように返事をした。
 その後、僕たちはしばらくそこに残っていた。
 そのひと時はまるで魔法にかかっているような心地だった。
 何をしていたかというと、花火大会の会場から徐々に明かりが消えていくのをただただ見下ろしていた。
 明かりが消えていくたびに魔法が解けていくような気持ちになり名残惜しさを感じて、同時にそれを見ていることしかできない事実に歯痒さを覚えた。
 そして明かりがほとんど消えた頃僕らはもう一度だけキスをした。
 駅まで帰るときも手は繋いだままで、改札で別れる直前、いや指と指が離れてしまう直前まで僕らはお互い同じ思いでいたと思う。
 いつも通り会話はしていたが、終わりの時間を少しでも遅らせようと、魔法が完全に解けてしまうまでの時間を少しでも長引かせようとしていた。
「じゃあ・・私あっちだから」
 絡まった指が完全に解けた数秒後、未羅が言った。
「分かってる。
・・今日は楽しかったよ」
「私も、楽しかった」
「また、来年も来れるといいな」
「・・うん、そうだね」
 妙な間があった気がした。
「はぁ~、まさか空人君がここまで積極的になるなんてなぁー。
私困っちゃうなぁー」
 急に大きな声で未羅はおどけて見せた。
 まあこれは空気がしみじみとしすぎないようにという彼女なりの気遣いだろう。
「おいっ!人が居るんだから大声で言うなよっ!」
「えへへー。ごめんごめん。
あ、電車来るみたい。そろそろ行くね」
「うん、わかった。気をつけてね」
「はーい」
 そう言って改札を通り抜けホームまでの階段を上っていくのを僕は見守っていた。
 すると途中まで上り、そろそろ姿が見切れそうになったところで、未羅は振り返った。
「空人君!今日はありがとう!私・・今日の思い出だけでこの先なんでも乗り越えていける気がするーっ!!」
 未羅は満面の笑みで手を振った。
 人目も気にせず大きな声で叫んだため、多くの人々が僕と未羅を交互に見た。
 中には、「あら、初々しいわね」などと囁く人もいて、顔を覆いたくなった。
 まったく、注目を浴びるのは好きじゃないんだから勘弁してくれ。
「分かったから、早く行けー!」
「えへへ、分かりましたー!・・じゃあね、空人君!」
 赤面して言う僕に対して、得意げに返した彼女の言葉には、少し間があった気がした。
 こうして花火大会デートが終わり、僕は帰宅した。
◆◇◆◇
 外的要因とはクラス替えなどの長期的環境の変化だけではない。
 勝手に自分の中で、その外的要因が“一番用心しなければいけないもの”だと決め付けていたため、一時的なものも存在することに僕は気付けなかった。
 そしてその結果、浴衣の未羅、花火大会の熱気、雰囲気、様々な外的要因に知らぬ間に侵されてしまった僕は、この日数えきれないほど多くのサインを見逃した。